はじめに
20代にできなかった世界旅行を、30歳で彼氏と一緒に!と
2008年2月29日に出発した世界一周旅行。
旅行日数のべ425日、2009年4月29日に帰国いたしました!
最終地のハワイで彼氏は旦那となり…
準備期間から旅行中のあれこれ、事後報告など右のカテゴリ別にご覧ください☆
 
>>メインサイト 
>>彼氏のブログ
 
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
チュニジアあったか~い!!
8時半ごろのブリテッシュエアで
ガトウィック空港からチュニスへと飛ぶ。

ヴィクトリアステーションからエクスプレスに乗ってしまえば、
空港までは40分ぐらいで到着するから、
宿のあるアールズコート駅から地下鉄の始発に乗れば完璧のはずである。

で、予定通りアールズコート駅に着いて、ホームで電車を待っていると
相方が必死で何かを探し始めた。

どうやら、ポケットに入れていたお小遣い帳がないらしい。

私たちは限られた予算の中で長期の旅行を予定しているので、
最後まできちんと回れるようお小遣い帳をつけている(相方が)。

ペットボトルの水を買うたびに、公衆トイレのチップを払うたびに、
どんな小さいものでも、お金の出し入れがあればポケットからミニ手帳を出し
いちいち金額をメモしているのだ(相方が)。

お小遣い帳を見ると、その日に何をしていたのかもわかるし、おもしろい。
そんな、コツコツと努力した面倒くさい行為の結晶を、なくしてしまったらしい。
相方がなくし物をするのは、この旅で初めてかもしれない。

彼はダッシュで宿に戻っていった。
で、がっくりして帰ってくる。

お財布とか携帯をなくしたのと違って実質的な損害は小さいように思えるけど
彼にしてみれば、毎日積み重ねたものが無意味になってしまったのだ。
精神的なショックが大きかったようだ。

普段は、ちょっとたまると、エクセルに入れてPCに保存しているのだけど
どうやら最近はそれをサボっていたらしい。
だから、ヨーロッパでの節約の記録が、パーになってしまった。

でもしょうがない、それより、飛行機に間に合わなかったらシャレにならない。

30分ぐらいのロスをしたものの、これは許容範囲。
ビクトリアステーションで走ってホームで待ってるガトウィックエクスプレスに滑り込んだ。
ふー、なんとか間に合った。これだから出発時間は余裕を持っておくものである。


空港では、なんだか国内線に乗るようなゆったりした感覚で、
ギリギリまでゲートの番号も掲示板に記載されない。
出発10分前ごろに、ようやくゲートが案内される。

目的地はチュニジアだから、
いったんEUのシンゲン協定の国々から出国するはずである。
出国手続き、やってないけどいいのかな。

ゲートでは、ちょっとパスポートを見せてそれでいきなり搭乗。

入国はかなり厳しかったくせに、出国はこんなゆるくていいのかイギリス!
っていうか、カウンターのお姉さんに聞いても、いいのいいのみたいな感じで
結局スタンプ押してくれなかった。

このせいで、後でちょっとだけ面倒くさい思いをすることになる。


チュニスまでは4時間ぐらいのフライト。
さらばロンドン!
イギリスにはまた来たいな。

着陸間際、空から見たチュニジアの家々は、
白くて、四角くて、まるでトウフのようだった。

アフリカ大陸、初上陸!!
おお~空の色が違う!

ダウンを脱ぎ、長袖シャツ1枚になる。
あったか~い!!

っていうか、日差しも強いし太陽の下にいると暑いぐらいである。

空港からバスでチュニスのセンターへ向かう。
車掌に料金を払うシステムなんだけど、
ただ乗りしようとする人もちらほら。

でも、車掌さんはちゃーんと見ていて、
注意されるとしぶしぶお金をはらう。
ちょっとおもしろい。

バスはマリーナ駅の近くで止まり、
そこからメトロでバルセロナ駅まで行く。

メトロというから地下鉄かと思ったら、トラムであった。

安宿としてはちょっと高いけど、評判のよさそうなホテルサランボへチェックイン。
Hotel Salammbo
ダブル38ディナールで朝ごはんつき。
シャワーがついていて、窓はチュニジアンブルー。
2008110802.jpg
チュニジアで泊まりたいと思っていた通りの部屋で、ちょっと嬉しくなる。
2008110803.jpg
メインストリートの、ハビブ・ブルギバ通り。
初代大統領の名前がついている。

真っ赤な国旗がひらひら。
写真を撮ろうとしたら、銃をもった警察官に注意された。
写真撮影禁止らしい。
なんだかものものしい。

どうやら11月7日が何かの記念日らしく、
今日は翌日だから警備がきびしいのかしら。

チュニジアはフランスの支配下にあったから、今もフランス語が通じる。
同じようにアラブ文字のイスラム文化圏の中央アジアを思い出す。
あちらはロシア語が共通語だったから
分からないわたしたちは結構困ってしまった。

チュニジアでは、ロシア語の代わりにフランス語。
英語はあんまり通じなさそうである。

オープンカフェが多いのも、バゲットみたいなパンも
フランスの影響なんだろうな。

カフェでコーヒーとプリックを食べる。
コーヒーはアラビアコーヒーだった。
おいしいし、安い。

イスラム圏なのに、普通にビールを飲んだりもしている。
チュニスは都会だからかもしれないけど
スカーフを巻いた女性も、そんなに多くない。
割とおしゃれなファッションをしている。
ヨーロッパに近いものね。



ランキング参加中です☆
 



【2008/11/08 15:26】 | 21か国目★チュニジア(08.11/8〜11/13) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<まぶしい地中海と、シディブサイ、カルタゴ | ホーム | ミュージカル、リベンジ。>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://sekairyokou.blog112.fc2.com/tb.php/408-fd9779ae
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。