はじめに
20代にできなかった世界旅行を、30歳で彼氏と一緒に!と
2008年2月29日に出発した世界一周旅行。
旅行日数のべ425日、2009年4月29日に帰国いたしました!
最終地のハワイで彼氏は旦那となり…
準備期間から旅行中のあれこれ、事後報告など右のカテゴリ別にご覧ください☆
 
>>メインサイト 
>>彼氏のブログ
 
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
病は気からというけれど
最初の発熱から、31日目。
とうとう1ヶ月がたった。

退院して(点滴治療を終えて)から1週間以上たつけど、
いまのところ発熱もないし、順調に体力も回復しているようだ。

退院するとき、お腹の痛みや吐き気は治まってなかったのだけど

「腸にそうとう負担がかかっていたのだから、
お腹が本調子で動き出すまでは時間がかかるんですよ。
消化のいいものを少しずつ食べて、
1週間ぐらいすれば、だいぶよくなるでしょう。
いまもう炎症反応が見られないから、あげられる薬はありませんよ。」

とお医者さんに言われ、そのときはそんなもんかと思っていた。

でも、いまだにお腹の不快感が治らないので、不安が募り、
迷ったのだけど、子供のころから通っている
近くの内科医の先生にちょっと見てもらうことにした。

そこは、私の実家の一駅隣にあって、
お医者さんが夫婦で経営する小さな町医者である。

子供のころは、親に連れられて何度も来院し、
大人になってからも風邪をひいたりなんかすると、
仕事の合間に駆け込んで注射してもらったりと、
1年か2年に1度はお世話になっていた。

先生たちは私が生まれる前からお医者さんをやっておられるのだから、
もう結構なお年になっていて、
だからここ数年は、お世話になるたんびに
昔と代わらずハキハキと仕事をする姿を尊敬しながら見つめていたのだった。

特に女医さんの方は、私の父の叔母の、女学生時代の友人であったということもあり、
父の子供のころのことなんかも知っているのだから、
もう80をすぎた老先生なのである。


前置きがながくなってしまったけれども、
この病院のドアを、私は久しぶりに叩いた。

診察券をなくしてしまったようなので
受付で名前を言ったけれども分からないようだった。
どうやら、受付の人が変わってしまったらしい。

これまでは、受付の人も、子供のころからずっと同じで
行くたびに、大きくなったわねーなんて言ってくれるおばさんだったのだが。
(私が子供のころは、お姉さんだったのだろうな、当たり前だけど)

すると、怪訝な顔で、女医さんがでてきた。
私が名前を言うと、
「なんだー、ずいぶん痩せちゃって、色も黒いし
さっきフィリピンの女性が来てたんだけど、またフィリピン人かと思ったよ」
などという。

インドで腸チフスになったことや経過などをひととおり説明すると、
「昔はみんな死んだんだからねー。
今は点滴とか注射で治しちゃうけど、
とにかく、胃やら腸やら消化器官全体で、
粘膜なんかがすべてやられてしまうの。
それから新しい組織が再生してくるんだから、
あんたはいま、生まれたての赤ちゃんみたいな状態なの。」

さすが年の功、というか、
日本でも腸チフスの発症があった時代の事例に馴染みがあるようで、
先生の言葉は、私にとってはかなり実感できるものだった。

そうか、私のお腹はいま、大人への階段をゆっくりゆっくり登っている最中なのか!
赤ちゃんは最初、ミルクしか飲めないんだから、
いくら消化のいいものとはいえ、固形物を食べていては負担が大きいのだろう。
お腹がいたくなるのも当たり前かもしれない。

好きな揚げ物とか、ビールとかも、もちろんずっと食べていないのだけど、
赤ちゃんがそんなもの口にできるわけないんだから、
もうしばらく我慢は必要だろう。
肝臓にいいと思ってコーヒーは飲んでいたけど、
刺激物だし量を少なくしたほうがいいかもしれない。

そんなことを自然と考えることができた。


それから、お腹を触診して、
ひざをトンカチで叩かれた。
なんでカッケの検査をするのかなーと思っていたら、
「こんなにビクビク反応しちゃって、神経過敏になってるね」

最初はそう言われてもなんとも思わなかったんだけど、
私がいろいろと気にして質問しすぎることや、
先生が親身になってくれてるのが嬉しくて涙ぐんだりしていることも
その証拠だと指摘され、そして自覚した。

すると、私が日本に帰ってきた本当の理由は、
病気の体力的つらさよりも、
大きな不安感という精神的なつらさに耐えられなかったからだ
ということを再確認したのだった。

ネパールとインドでは、今日は熱が出ないですみますように!と祈りながら
ビクビクしながら数時間おきに熱を計っては、
いつも裏切られ、2週間も高熱で苦しめられた。
医者に行っては、的確な処置が自分になされているのか、いつも不安だった。

日本で入院して、お医者さんに不安事項を取り除いてもらったり、
看護士さんの丁寧な気配りや、家族のやさしさに触れて癒されたりして
目的は達成されたと思っていたけれど、不安感はまだ残っていたようだ。
まぁそう言われればそうだ。だからこの病院にも来たんだし。

でも自覚したことで、いろいろ気にしすぎなんだというのが分かってよかった。
実は帰国してから、テレビで安っぽい再現ドラマとかを見ても
やたらと感情移入して涙が出てくるので、
久しぶりに見た日本語の演技がストレートに心に入ってくるのかな、
などと思っていたのだけど、単にナーバスになっているだけだったのか。

先生は最初、あと2週間で出発なんてできないよ、
と言っていたけれど、
最後には、2週間分の胃と腸、吐き気の薬をくれた。
「薬を飲むことで、安心することもあるからね。
そうすると人間の体っていうのは不思議なもんで
免疫力が出てきて、回復も早くなったりするんだよ」

だから私は、あと2週間、
赤ちゃんの腸が再生するイメージを持って、余計なことを考えず
お腹をいたわることにしました。

「2週間あれば、大丈夫だと思うよ」
最後に先生はそう言ってくれた。

ゲンキンなことに、早速もらった薬を飲み始めたら、
翌日には、吐き気が治まり、吐き気の薬を飲むのをやめました。
恐るべし暗示力!でも、先生のところには行ってよかった。
2008092601.jpg
【2008/09/26 21:32】 | 日本にて☆一時帰国中(08.9/13〜10/8) | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
<<保険に入っていなかったらと思うと… | ホーム | アムステルダムへの道>>
コメント
わかります。なんとなく、その気持ち。
私も、1人だけ信頼しきっている先生がいるのですが、その先生に話を聞いてもらうだけでかなり心が休まり安心するのです。「大丈夫」って言ってもらえると、それでOKになるんです。

帰国、大変だったとおもいますが
帰って来て良かったですね。必要な休養だったんですね。再出発しても、無理なさらないように。
【2008/10/02 19:30】 URL | kaiyome #-[ 編集] | page top↑
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://sekairyokou.blog112.fc2.com/tb.php/359-dbd5a549
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。