はじめに
20代にできなかった世界旅行を、30歳で彼氏と一緒に!と
2008年2月29日に出発した世界一周旅行。
旅行日数のべ425日、2009年4月29日に帰国いたしました!
最終地のハワイで彼氏は旦那となり…
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成田空港から病院へ
最初の発熱から19日目。

朝の8時ごろ。
日本に着いた!

気持ち悪さは相変わらずなので、ノソノソとした足取りながら
あー日本に戻ってきたんだーという安心感が、
ウラハラになんだか私を興奮させている気もする。

どこの病院に行けば、腸チフスを受け入れてくれるんだろうか、
しかも、土曜に治療してくれる病院はあるだろうか。

そんな心配があったので、事前に母親に、調べてもらうよう頼んでいた。

すると、成田の免疫所に連絡してくれていて、
イミグレの手前にある健康相談所に、とりあえず寄って欲しいということだった。

普段の旅行時にはいつも素通りしている、あの健康相談所に入る。
事情を説明してアンケート用紙みたいなのに記入した。
白衣を着たお姉さんは、「まぁね、大きな病院なら治療できますから」と
意味のない返答。

家から通える大きな病院の名前を言うと、
「そこなら大丈夫ですよ」と言われて終わり。なんだなんだ。


空港には父親の運転で、母親の代わりに叔母が迎えにきてくれていた。
車で都内に入り、そのまま病院に向かう。

ここは、出発前に相方と一緒にA型肝炎と破傷風の予防接収をしたところで
渡航外来がある病院である。
渡航外来とは、旅先でかかった病気専門の部署?よく分からないけれども。

だから診察履歴があるし、スムーズに受付。
エマージェンシーだけど、細菌を専門にしている先生が見てくれた。
血液検査をして、入院を決める。

どうやら感染症なので、個室になるらしい。
インドで入院するのは嫌だったけど、ここなら頭を下げて入院したいぐらいの気持ちではある。


部屋に入ると、テレビやトイレ付きで、申し分ない。
これでムンバイのあのホテルよりも1泊分の値段が安い。
やっぱり帰ってきてよかった、などと考えてしまう。

14階なので、眺めもよい。

ちなみに今年の2月、祖母はこの病院の16階で亡くなった。
よくお見舞いにきていたときのことを思い出す。

弟が入院に必要なものをもろもろ持ってきてくれ、
入れ替わりに父親と叔母が帰っていった。

そういえば、朝からなにも食べていなかったので
弟におにぎりを買ってきてもらって食べる。
おいしいなーおにぎりは。


まずは、インドと同じように、抗菌剤を点滴された。
まったく痛みが無いのに感心する。
あっちでは、点滴の間中ずっと痛かったのに!

それから、インドで栄養と水分があまりとれていなかったようなので、
その辺の点滴も開始された。

部屋以外のトイレは使わないように、
部屋から出ないように、といわれる。
つまり、ソフト隔離、である。
外に出る元気も別にないから関係ないんだけれども。

腸が弱っているので、食事は消化の良いものを、ということだったんだけど
夕食は間に合わなかったらしく、常食が出てきた。

白いご飯と、味噌汁と、さばの塩焼きとか。
さばがすごくおいしかった。
そういえば、とんと魚を食べていないんだった。


1日目を終えて、とにかく感心したのは、看護士さんのやさしい気配りだ。
こちらが恐縮してしまうほどに、よくしてくれる。

もしもだけど、ひねくれた考え方をしてみたとして、
たとえ、それが、習慣的な決まり文句的なものなのだったとしても、
こういうことが出来ること自体がすごい。
2008091501.jpg
ともかく私はこの日、点滴をしたまま安心して眠りにつくことができたのだった。


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【2008/09/13 14:28】 | 日本にて☆一時帰国中(08.9/13〜10/8) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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