はじめに
20代にできなかった世界旅行を、30歳で彼氏と一緒に!と
2008年2月29日に出発した世界一周旅行。
旅行日数のべ425日、2009年4月29日に帰国いたしました!
最終地のハワイで彼氏は旦那となり…
準備期間から旅行中のあれこれ、事後報告など右のカテゴリ別にご覧ください☆
 
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ちょっとだけパラグアイ
ふぅ。イグアスの滝は、とてつもなく大きかった。

しかも、ブラジルとアルゼンチン、2カ国の国境に位置しているため、
両国にナショナルパークがあって、異なる良さをもった見所があるのだ。
だから普通、観光には最低でも丸一日かかる。

すると当然、どちらを拠点にするかという問題がでてくる。
ブラジル側に宿泊するのか、アルゼンチン側に宿泊するのか。

私たちは、ブラジルのサンパウロから入ったので、
ブラジル側のフォスドイグアスという町を拠点としたわけで(こっちの方が町が大きい)
アルゼンチン側には日帰り観光する予定でいた。

ところがブラジル側の滝観光を終え、アルゼンチンに入国したものの、
この時期アルゼンチンがサマータイムを採用していたこともあり
まさかのタイムアウトで滝にいけなかったのが昨日の話。


よく考えれば、昨日のうちにアルゼンチン側をゆっくり1日観光して、
今日の午前中に、すごそこにあるブラジル側に行けばよかったなぁと朝から後悔することしきり。

イグアスの滝に来て、アルゼンチン側だけ見て帰る人はいるだろうけど
ブラジル側だけという人は少ないんじゃないだろうか。

まぁしょうがない。

今後の予定を考えると、今日アルゼンチン側に行くことはできない。

というのも、今ここでアルゼンチンに入るのではなく、
その前にお隣のパラグアイを少し覗いてみたいからだ。

ブラジルのフォスドイグアスには、パラグアイのシウダーデルエステとの国境もあり、
そこから少し行ったところに日系移民の移住区があるらしい。

南米で一箇所ぐらい、移住区に行ってみたいと思っていたのだ。
今日はそこに向かう。


気をとりなおして、近距離バスターミナルの近くから
シウダーデルエステ行きのバスに乗り込んだ。

ブラジル側の国境で下車して(またもやここで降りたのは数人の旅行者だけ)
出国手続きを済ませ、川にかけられた橋を渡ってパラグアイ側に歩いていく。
2009030101.jpg
けっこういい景色だ。

パラグアイ側の街シウダーデルエステは、なぜか電化製品が安いということと、
そして治安が悪いということで有名な町である。

橋の反対側のたもとにイミグレがあって、
これまたゆるい感じでスタンプを押してくれた。

外に出て、街の案内図を見ると、中華系の名前が多くてびっくりする。

後で聞いた話によると、
シウダーデルエステの治安の悪さは
中華系マフィアによる密売などが元らしい。

国境前にいた両替商に変えてもらったパラグアイ・グアラニーを片手に
タクシーで長距離バスターミナルへと向かう。

今日はこのまま、イグアス市、日本人移住区へ行く予定でいる。


バスターミナルに着くとちょうどアンスシオン行きのバスが出るところで、
呼び込まれるままにバスに乗り、41KM地点まで、と言う。


ふと時計が目に留まる。

ブラジル側のフォスドイグアスとは通常1時間の時差があるはずだけど
サマータイムのせいで時差はない。

昨日のアルゼンチンといい、なんだかひどく混乱する。

イグアスにある3国間の町はかなり行き来が自由にできるのだし
時差なんてないほうが便利だと思うんだけどなぁ。。。


バスは赤土の大地をずんずん走る。
フォスドイグアスは結構都会的だったから舗装道路もあって気がつかなかったけど、
昨日の、アルゼンチン側のプエルトイグアスも赤土の町だった。

途中で停車したときに、なにげなく外をみると、
運転手がお茶をしこんでいるところだった。
2009030102.jpg
こちらでは道路沿いに葉っぱをいっぱい積んであるような屋台があって、
それがマテ茶を売っている店のようだ。

テレレというのは冷たいマテ茶で、
造り方を見ていると、まず根や泥までついているんじゃないかというような
新鮮そうな葉っぱをガバっと取って、すり鉢でゴリゴリつぶし、
2リットルぐらいのポットに氷の塊をガツンといれ、
その中に今すったばかりの葉っぱを投入すればおしまい。

それに直接ストローを刺して飲んでいる。
でもこっちのストローは、おしりの方が閉じられていて、
茶漉しのように小さな穴があいているから茶葉がダイレクトに口に入ってこないようになっている。

それを、片時も離さず、気がついたら飲んでいる。

もしかしたらパラグアイ人、中国人よりもお茶好きかもしれない、と思った。


さて、30分ぐらいして、ここだよ、と国道でバスを降ろされた。
そして、困惑する。うーん、どうしよう。
2009030103.jpg
ここは、日本人の移住区であるらしいのだけど、観光地ではないので表札なども見当たらない。
しかも、着いてから気がついたのだけど今日は日曜日であった。
ぜんぜん人がいない!

とりあえず、宿を探さなくては。
前情報として、この町には福岡旅館というところがあり、
最近はペンション園田というドミトリーの宿もできたと聞いていた。

私たちは福岡旅館を目指したのだけど、いまいち場所がよく分からない。

すると、日本語で声をかけられた。
ペンション園田のおそらく息子さんであった。

そうと分かると、言い出しにくいのだが
福岡旅館に行きたいことを言うと、丁寧に場所を説明してくれた。
だけど看板などは出ていないので、ちっともわからない。

照りつける日差しと荷物の重さに汗をだらだら流しながら
人気のない町中をウロウロさまよっていると、
またさっきの園田さんが現れ、親切にも福岡旅館の前まで連れて行ってくれた。
商売がたきのところに行くというのに、なんてやさしいんだろう。

感謝しつつ、福岡旅館に行くと、そこは普通の一軒家で、
庭いじりをしていたおじさんが、1世の福岡さんであった。

どうやら宿の営業をしている奥さんがたまたま出かけているらしく
娘さんと臨時で対応してくれたような感じだった。

福岡さんはそのまま日本の農家のおじさんといった雰囲気なんだけど
「カマ(スペイン語でベッド)はひとつだけど」とか、
「今日はドミンゴ(スペイン語で日曜)だから」とか、
言葉の端々にスペイン語が混じっているのが興味深い。


お腹が空いたので、国道沿いのシロサワ食堂へ行く。
量り売りで、焼きそばや味噌汁もあった。

日本人会や農協や、1世の人も集まるという居酒屋も日曜なのでお休みだし、
何もできず。少し散歩して帰る。


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【2009/03/01 01:41】 | 35か国目★パラグアイ(09.3/1〜3/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
地球の裏側で、日本移民が暮すイグアス市
2009030201.jpg
中央公園の鳥居。


朝、福岡さんの奥さんは、まだ帰らないらしく、
お父さんがこんなのやったことないから大変と言いながら娘さんと朝ごはんを作ってくれた。

イグアスのお米と、納豆と味噌汁。
日本には他にもたくさん食材があるのに、地球の裏側に来てまで
食べたかったもの、造りたかったものは大豆だったのかな、というようなことを思う。

この大豆産業が、イグアス市にとって重要な財産なのだということが、後で分かる。


今日はまず、日本人会に行ってみることにした。
イグアス市の案内ビデオを見せてもらっていろいろとお話を聞くことができた。

しかも、お昼休みを使って大豆畑に連れて行ってもらえることになり、町の案内までしていただいた。

この町には観光案内所がないので、私たちのような旅行者がふらりと来てしまったら
日本人会の方が好意で相手をしてくれているようであった。

仕事の邪魔をしてしまって、悪いことしたなと思ってしまうぐらい親切にしていただき、
有意義な時間となったので大変感謝しています。


南米の中でも、パラグアイに移民が始まったのは比較的新しいことのようである。

ここイグアス市に日本からの移民が来たのは1963年ということだから、
まだ40数年しか経っていない。だから1世の方もまだ多く住んでいる。

そのため日本語や日本の文化もまだ忘れられておらず、
日本色の濃い移民区となっているのだそうだ。
町には太鼓工房があったり、祭など日本の行事も行われている。

日本人会の向かいには立派な日本語学校があり、
子供たちは午前中にスペイン語の学校に通い、
午後は日本語学校に通っているのだそうだ。
バイリンガルも大変だな。

ちなみに、日本語学校の学生が、家で何語で会話しているかといえば、
高校生が100パーセント日本語で会話しているのに対し、
小学生1年生では日本語で会話している生徒が半数以下に減っているという調査結果があった。

これは、移住区で働くパラグアイ人が日本語学校に通うようになったことと、
日本人とパラグアイ人の結婚や、2世同士の結婚などによるものだという。

日本人が次第に現地に溶け込んでいく様子は
先日、ブラジルサンパウロのリベルタージにあった東洋人街を思い起こさせた。

かつては日本人街だったリベルタージは、ずいぶんと寂しくなっていたけれど、
日本人というのは、もしかしたら外国で日本に固執せずに生活できる人種なのかも、とも思う。

そういえば以前、海外で暮す中国人と日本人の
故郷に対する意識には違いがあるという意見を、本で読んだことがある。

華僑たちは外国でも中国文化圏を形成してたくましく生活しているイメージがあるけれど、
一方、日本人には強い望郷の念があるものの、
それはあくまで日本そのものに対してであり、帰るべき場所に対する憧れのようなものなのだという。

だから外国で富士山に似た山を見ては日本を懐かしがったりするものの、
日本人社会の中での暮らしに執着する、というような心の動きはない、というのがその人の説だった気がする。

どうなんだろう。

少なくともイグアス市には、まだ”小さな日本”がそこにあることは事実のようだ。


2009030204.jpg
イグアス市に広がる大豆畑は、
ジャングル状態の土地を1から開墾して作った努力の結晶だという。

現在の平均作付面積は200ヘクタールで、1000ヘクタール以上の土地を持っている人もいる。
農業がなかったパラグアイで、日本人は大豆畑を作り、その輸入先を確保した。
今パラグアイの大豆出荷量の1/3をイグアス市でまかなっているというからすごい。

町には農協があって、日本食も売られていた。

残念ながら私たちはこの後、夜行でアルゼンチンのブエノスアイレスまで行く予定なので
地元の人たちが集まる居酒屋なんかにはいけなかったけど、
できれば1世のおじいちゃんたちとお話してみたかった、と思いつつ、イグアス市を後にした。


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【2009/03/02 13:17】 | 35か国目★パラグアイ(09.3/1〜3/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今度こそ、アルゼンチン。
昨日、イグアス市からローカルバスでシウタ・デル・エステへと戻った私たちは、
荷物を降ろす暇もなく長距離バスターミナルで
ブエノスアイレス行きのバス会社を探した。

ついこの間、ブラジルからバスで国境を越えてチラ見した
アルゼンチン側のプエルト・イグアスのバスターミナルでは、
バス会社のほとんどがブエノスアイレス行きを出していたのだけど、
さすがに、ここパラグアイのシウタ・デル・エステからだと
直行便は2社しか運行していなかった。

その中で、16時ごろに出発するバスがあったのでチケットを購入。
想像どおり、アルゼンチンのバスは、いたく快適であった。

日が沈み始めたころに国境を越えると、
カンビョン、カンビョンと言って車内に両替屋が乗り込んできた。

このあたりは国境を越えても、どこでもスペイン語だ。
スペイン語ができたら、旅も、もっともっと楽しいだろうなぁ。

アルゼンチンに入ってしばらくすると、自社オフィスのようなところでバスが止まった。
乗客たちの流れに乗って着いていくと、食堂のようなところに入っていく。

細長いテーブルに全員が座ると、ボーイさんがエンパナーダとジュースをふるまい、
次にメインの肉とキッシュみたいな料理が乗った皿が大量に運ばれてきた。
2009030302.jpg
夕食付きだとは知っていたけど、てっきり車内で配られのだと思っていたので驚いた。
中国ではこういう食堂での食事付きバスに何度か乗ったけど、それ以来かも。


あっという間に20時間がすぎ、
お昼ごろブエノスアイレスに到着した。

立派なバスターミナルでコーヒーを飲みつつ、
チェックしていた上野山荘という日本人宿に電話してみたけど
いっぱいということだったので、別の宿に向かうことにする。

●VICTRIA 2
トイレシャワー共同、キッチンあり。
ダブル60ペソ。

暗くて典型的な安宿。
だけどアルゼンチンでは、キッチンのあるところに泊まろうと思っていたのだ。

それは、牛ステーキを堪能するため!

近くのスーパーに行ってみると、確かに牛肉がすごく安い。

ステーキ肉、何百グラムか忘れたけど
2人分十分な量で2ドルぐらいと激安で買えてしまう。しかもおいしい!
2009030301.jpg
さすがは人より牛の方が多いというアルゼンチンだ。


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【2009/03/03 12:45】 | 35か国目★パラグアイ(09.3/1〜3/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ブエノスアイレス、雨。
今日はしきりに雨が降っている。

いま泊まっている宿は
あまり部屋の中に篭っていたくなるような雰囲気でもないのだけど
かといって外に出る気分でもなく、
けっきょく部屋でだらだらして1日が終わってしまった。

長距離移動が続いて、多少、疲れてはいる。

唯一スーパーに行き、また牛肉を買ってステーキにした。
アルゼンチンはワインも安いし、おいしい。
ふたりともワインの味はよくわからないのではあるが

スーパーにマテ茶のレトルトがあったので買ってみた。
2009030401.jpg
プラスチックの容器にぎっしり茶葉がつまっていて、
それに茶漉し付きストローを刺して飲む。

試してみたけど、苦くてあまりおいしくなかった…。

この宿に泊まっている日本人は、スペイン語が堪能そうな人ばかりであった。

ブエノスアイレスに来たら、タンゴを見たいと思っていたので、
南米の達人みたいな感じの人に
おすすめタンゲリア(タンゴが見られる店)を聞いたところによると、
人気のタンゲリアはどうやら予約した方がいいらしい。

雨だったけど予約ぐらいしに行けばよかったなぁ…。


夜になると宿のおばちゃんが、ラザニアを作ってみんなに振舞ってくれた。
彼女は昨日もエンパナーダを作ってくれたのだ。

このおばちゃんはとても感じがよく、ホッとさせてくれる。

というのも、アルゼンチンに入って、人の感じがあきらかに変わったのだ。

白人(系混血)がめちゃ多いというパッと見で分かる人種的なところはもちろんなのだけど、
どことなく皆、無愛想な気がするのだ。

これは都会独特の雰囲気なのか、それとも
フレンドリーな人ばかりだったブラジルから来たからそう思うのかもしれない。
(パラグアイに1泊したけど)

もしくは、スペイン人独特の、例の中国人差別が、ここにもあるのかな。
私たちが中国人だと思われている可能性はある。
というか、アジア人差別?よくわからないけれども。



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【2009/03/04 12:56】 | 36か国目★アルゼンチン(09.3/4〜3/6) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ブエノスアイレスの夜、タンゴ
ブエノスアイレスといえば、タンゴ、エビータ、ステーキ
ぐらいしか思い浮かばない私。

ステーキは2日連続で食べたけど、
他にとりたて何もしないうちにアルゼンチン最後の夜である。
残りに手をつけようではないか。

昨日、宿に宿泊していた南米に詳しそうな日本人に聞いたところによると
la ventanaというタンゲリアがよさそうなのでそこに行こうと決めたのだけど、
どうも予約した方が無難だという。

よくわからないけど、チケット屋に行けば
ショーとドリンクまたはディナー付が安く購入できるらしい。

それで、地下鉄に乗ってラバージェ通りのチケット屋へ向かった。

町中に出てみると、ブエノスアイレスの都会っぷり
というかヨーロッパっぷりに改めて驚いた。

かつて南米のパリと呼ばれていただけあって、
もしも飛行機で直接ブーンと飛んできて、
「ここはスペインの端っこの町だよ」、とかいうように紹介されたら
ああそうか、と納得してしまいそうである。
2009030502.jpg
7車線の道なんて、久しぶりに見た。


残念なことに、そのタンゲリアは今夜は満席ということで、
明日のチケットならあるよ、とのことだった。
でも明日はもう移動日なのだ。

あぁ、雨だからって何もしなかった昨日が悔やまれる。

それでもタンゴは見たいので、ほどほどのレベルらしい
El Querandiという店ののチケットを購入。仕方ない。
ドリンクだけ付いているみたいだけど、思ったよりずいぶんと安かった。


これは世界で2番目に美しいとされる本屋。
微妙な言われようだけど。

じゃぁ1番目はどこなんだというと、
確かポルトガルにあった気がする。

ポルトガルにいたときも雨が多くて、しかもちょっと遠かったので
わざわざ行かなかったんだよなぁ。

で、この2番目の本屋は、元劇場だったところで、
ステージ上はカフェになっている。

なんというか、日本でいうと某大手コンセプトレストラン会社かなんかが
作っていそうな感じがしてしまいそんなに感動はしなかったけど
舞台横の貴族席みたいなところで座って本を広げてみると、
なんだかすごく落ち着く感じだった。

そしてエビータのお墓まいりをしにレコレータ墓地へ。
2009030504.jpg
お墓の写真を撮るのは気が引けるのだけど、
ひとつひとつがあまりに立派なのでつい。

歴代の大統領や、お金持ちの墓地が集まっているらしい。
エビータのお墓の前には観光客がたくさんいた。
2009030505.jpg
2009030506.jpg
夕日にあたってピンク色をした大統領府。

だいたい、私が知っているエビータというのは
ミュージカルの中のエビータであるので、
ここに来るなり頭の中ではずっと
♪ドンクライフォーミーアルゼンチーナ♪と流れているのであった。

さて、日も暮れてタンゴ。
2009030503.jpg
ストーリー仕立てになっていて、なかなか見やすくてよかった。
だけどその分、踊りの迫力が少なかった気もする。

スペインのフラメンコは、切なげで見ている方も苦しくなっちゃうけど
こちらのタンゴはセクシーで、踊ってみたいなぁと思った。


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【2009/03/05 18:34】 | 36か国目★アルゼンチン(09.3/4〜3/6) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ブエノスの路線バスに困惑
ブエノスアイレスの路線バス、乗ったことありますか?
私たちは、もちろん始めてなのだけど、
どうしても納得できないことが。

それは料金システムについて。というかなんと言うか。


まずこちらの路線バスの乗り方。

前のドアから入って運転手に行き先を告げると、
運転手は手元の機械を操作して
背の裏のあたりに置かれた券売機に料金を表示させる。
2009030602.jpg
だから乗客は、その券売機に表示された金額を入れるのだけど、
これがコインしか使えない。
投入口にジャラジャラとコインを投げ入れれば
下から紙のチケットが出てくるという具合。

こう書くと、まぁ、そんなに珍しい感じはしない。

紙幣が使えなかったり、お釣りが出ないなんていうのも
バスでは割とよくある話だ。

…だけど、ブエノスアイレスで致命的なのは、
そもそも、コインの流通が極端に少ない!ということ!


もしかしたら、日本から来て普通に旅行をしているだけだったら
コインと出会うことなんて、まずないかもしれない
っていうぐらい、コインが流通してない気がする。

しかも、バス停近くのキオスク的な店をはじめ、
たいていの店でコインへの両替を頼むと断られるのだった。
もちろん、その店で何か買ったとしても。なんで?

それって、すごく困る。
買い物のときに一生懸命端数を作って、
コインが溜まらないと、バスに乗れない。

みんな一体どこでコインを手に入れているのだろう…。

一度なんか、降りる場所が分からず乗り越してしまって、
戻ろうにも、コインがないからバスに乗れず、
何度も店で両替を断られるから泣きそうになった。


そうそう、バスといえば、物売りが乗り込んでくるのは他の南米の国と同じなんだけど
アルゼンチンで面白いのは、バスでもメトロでもそうなのだけど
売り子が勝手に膝の上に、売り物のノートやら本やらを置いていってしまうこと。

まるで試供品のようにさらりと配るのだけど、まさかタダの訳はなくて、
その後にちゃんと回収しにくる。

いわゆる、「ちょっと試しに手にとってみて、よければ買ってよ」方式というか。
いらなければ返すし、気に入ればお金を払えばいい。
たまに、それがどんなに素晴らしい製品かを演説したりもする。

そんなの誰も買わないだろうと思いきや、
購入する人が意外といるのだ。


ふぅ。
今日はそんなバスに乗ってボカ地区をウロウロ。
2009030601.jpg
ボカ地区というのは、ブエノスアイレスを代表する港だったところで、
かつて大勢の移民がここに降り立った。という場所である。
様々な国や地域の文化が混ざり合い、タンゴもここで生まれたという。

いまでは、港の名残は本当に小さなもので、
カラフルな装飾がされたカミニートという一帯を歩けば
観光客相手の路上タンゴダンサーがいたりこそすれ
なんというか、少し寂しげな感じのする場所であった。


16時に、長距離バスターミナルへ。
これから夜行バスでチリのサンチアゴに向かうのだ。

短かったな、ブエノスアイレス。
アルゼンチンは、南極の方までずっと南下してみたかったのだけど
時間が全然足りずに今回は行けませんでした。


バスは昨日、チケットを買っておいたので1番乗りだったのか、
2階建てバスの2階席先頭の特等席だ。
2009030603.jpg
景色がすごく良く見えるだけじゃなく、座席も広い。

チリのバスも、かなりレベルが高いようだ。
毛布や枕も付いているから、冷房が強くても安心。
コーヒーとチョコのサービスがあったりして、スタッフもすごく親切だ。

夕食付きだったので、またレストランで降ろされ、全員でポヨを食べる。

夜になると、景品をかけたビンゴ大会がはじまった。
こんなの初めてだ。

22時ごろにもコーヒーのサービスがあり、
なかなか寝かせてくれない。

でももちろん悪い気はしないのだけど。

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【2009/03/06 17:29】 | 36か国目★アルゼンチン(09.3/4〜3/6) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
チリ入国
まだ外は薄暗い朝7時ごろ、
バスの中でコーヒーとサンドイッチの朝食が出た。

2階建てバスの一番前の席なので、
目の前のカーテンを開けると臨場感のあるドライブが楽しめる。

前方に、雪をかぶった尖がった山が、暗がりにうっすら見えている。
7000m近いアコンカグアという山らしい。

しばらくするとだいぶ日が登ったのだろう。
斜めに差し込む光を浴びて、黄金色に光る山々が美しく、見とれてしまう。


国境では、一度バスを降りて厳重な荷物チェックがあった。
どうやらチリ側の持ち込み基準が厳しいらしく、
肉やフルーツを持ち込んではいけないとあった。

それにしても、すごく寒い。
高地に国境があるんだな、と思う。
1時間の時差があるので、時計を戻す。
2009030701.jpg
チリに入ると、バスはガードレールのない
イロハ坂並みのヘアピンカーブをうねうねと下っていく。
ちょっと怖い。

下るにつれ、だんだんと暖かくなってきた。

12時ごろ、サンチアゴに到着。
ここは、またしても真夏である。

ロスエロエスのバスターミナルで降りて、
汗をかきながら予約していたゲストハウスへと歩く。

事前にネットでチェックしていたのだけど、サンチアゴは思いのほか宿代が高かった。

私たちはサンチアゴから、
さらに物価の高いイースター島に飛ぶのだけど
そのことを考えるとちょっと憂鬱になる。

サンチアゴの宿は
●Hostel de Sammy
バストイレ共同ドミトリー、ネットフリー
朝食つきだけど、出発が早くて食べられず。
普通の安宿。キッチンが広いし悪くはない。

受付で予約が一人分しかないなどと言わ、れかなりゴタゴタし、
オーナーの男性が真顔でおもしろくないジョークを言うのが気に触ったけど
夜になると、彼はなぜかビールをみんなに振舞ってくれた。
2009030702.jpg
サンチアゴでは、中央市場にでウニ(エリッソ)を食べようと思っていたので
早速、メトロに乗って行ってみたけど、
時間が遅かったからか市場の中のどの店にもなく、
仕方がないのでセビーチェのようなものを食べた。

残念である。


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【2009/03/07 17:06】 | 37か国目★チリ(09.3/7〜3/12) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
いざ、イースター島へ!
朝6時、サンチアゴのロスエロエス駅近くにあるバス停から
エアポートバスに乗る。

昨日のうちに停留所停をチェックして、
5時半から30分おきに出ているということを確かめていたので気が楽である。

バスに乗っていたのは旅行者より、地元の人が多いようだ。
通勤用なのかもしれない。

40分ぐらいで空港に到着。

我々の目的地は、イースター島である。
カウンターはランチリ航空の国際線の方にあった。

日本人のツアー客らしき姿がチラホラ。
こんなたくさんの日本人を見るのは久しぶりかもしれない。

300ドルでビジネスクラスにアップグレードできるとカウンターで言われた。
ずいぶん安いけれど、我々には必要ない。

そうして、渡されたチケットを見ると、なぜか席が別々である。
あっさり満席だから、と言われ、えーっと思う。

飛行機に乗ると、そんなバラバラのグループが多かったらしく、
客室乗務員による大席替え大会が行われた。

私たちは、隣が日本人だったので、直接日本語で話して席を替わってもらったのだけど、
そんなことだったら、最初からうまく席を入れてくれればいいのに…と思う。
2009030801.jpg
5時間半のフライトは、食事が2回出たし、
個人モニタで映画もたくさんみれるし、まったく退屈しなかった。


飛行機を出ると、タラップでそのまま陸地に降り立つ。
島にきたぞ!という感じの、ゆるやかな空気がただよう空港だった。
2009030802.jpg
空港内に、馬がいるんですけど…

時差があるので、時計を2時間まき戻す。
9時10分の飛行機に乗って、到着したのが12時半ごろ。
ちょっと得した気分である。

ラゲッジクレーンの脇に宿のカウンターが並んでいたので
そこで宿を決める。

島で一番安いというキャンピング・ミヒノアはフルということだったので、
その次に安い宿にした。

●レシデンシャル・ペテロ・アタム
トイレシャワー付きツイン18000ペソ(約3600円)
キッチンあり。

車で宿まで連れて行ってもらった。
途中で島で唯一の村と言うハンガロア村を通ったけど、
びっくりするほどこぢんまりとした村のようだった。

海辺にはモアイがいて、あっさりと通りすぎた。

チェックインしてから、近くを散歩をする。
2009030803.jpg
日曜なので、あまり店はやっていない。
レンタカーの店があったので値段を調べて、
明日は車を借りて観光することに決めた。
2009030804.jpg
イースター島ではダイビングをしたいと思っているのでショップを探すと、
港の方にいくつかあった。全部閉まっていたのだけれども。

そこで、一匹の犬と出会った。
相方がなでてやると、すごくよろこんで、いつまでも付いてくる。

わざと少し離れると、慌てて走ってきて
私たちの間をすり抜けて自分の存在をアピールしたりする。

結局、その子は宿まで一緒に戻ってきた。

しばらく部屋にいたのだけど、その間もドアの前でずっと待っていて、
出かけると、また後をついてきた。
2009030805.jpg
宿の近くに、ちょっとした入り江がプールのようになっていて、
椰子の木陰が気持ち良さそうな場所を見つけたので、
そこに寝転びに行ったのだ。

犬はやはり一緒に来て、私たちが座ると、当然のように隣に陣取った。

さきほどキッチンで作ってきたおにぎりを食べはじめると
じっと見つめてくるので、ひとくちちぎって放り投げたら、
なんと食べない。

日本の犬だったら、絶対食べるだろうに。
この島の犬は、お米なんて食べたことないのかな。

それとも、お腹がすいていないのか。

犬は相方にぴったりくっついて、眠ってしまった。
顔を触っても起きないぐらいの熟睡ぶりである。
2009030806.jpg
ずっと前から一緒にいるみたいな気がする…

だいぶ時間が経ったけどちっとも起きる気配がないので、
かわいそうだけど置いて帰ることにした。
なんだかひどいことをしている気がするけど、
勝手についてきただけだし、ずっと飼えるわけじゃないし…と自分たちに言い聞かす。


そのままタハイ遺跡で夕日を見ようと考えていたのだけど、
18時になってもまだ太陽は高く、日が暮れる気配がない。

なので、一度宿に戻ってキッチンで夕食を作ることに。

20時半ごろになって、ようやく日が翳ってきたので、タハイ遺跡に向かう。
2009030809.jpg
馬がいた。この犬は、さっきと違う犬。
この島には、似たような犬がいっぱいいる。
2009030807.jpg
いい夕日でした。
2009030808.jpg
この島は、時間がゆっくり流れている。


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【2009/03/08 19:18】 | 37か国目★チリ(09.3/7〜3/12) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ラパヌイ一日観光。
イースター島はチリ領である。
だけど本土とは3700キロも離れているし、
どっちかというとポリネシアの島々のような、独特の空気が流れている。

スペイン語ではイスラ・デ・パスクアという名前で、
それを英語に直すと、イースター・アイランドとなるらしい。

オランダ人が初めてこの島にたどり着いたのが
イースターの日だったから、イースターの島と名づけられたようだ。

もちろん、そのオランダ人がやってきたとき、すでに島に住む人々がいた。
現地の言葉では、この島はラパヌイといい、彼らは今もそう呼んでいる。


今日は一日中、ラパヌイをドライブする予定である。

朝、まず魚でも買おうと思って市場に寄ってみたのだけど、
魚の姿はなかった。
スーパーっぽい店にも魚は売っていないし、どこで買うんだろう。

あきらめて、車を借りる。
24時間で、60ドルだった。
国際免許は持ってないのだけど、大丈夫みたい。


さぁ今日はめいいっぱい観光するぞー。
時計と反対周りに、島を回ることにした。
レッツゴー♪
2009030901.jpg
村から空港を越えると、まず南東の海が見えてくる。
2009030903.jpg
岩に波が打ちつけられていて、思ったよりも荒々しい。
2009030902.jpg
アフ・ハンガ・テ
8体のモアイが顔を下にして倒されている。
2009030904.jpg
痛そうだなぁ。
側にあるアフ・アカハンガには13体のモアイが倒れている。

これらは人為的に倒されたものなのだという。

モアイが作られたのは15世紀あたりまでで、
その後に勢力をもった戦士階級がモアイを倒していったんだそうだ。

どれも顔が下になっているのは、
モアイの目から発射される霊力を恐れたためだという。


その先、海岸線にいくつか見所の立て札は立っていたけれど、
同じような感じだろうと想像し、スルー。
石切場のラノララクへ向かう。

ここはすごかった。
イメージ通りのところ。
石切り場というか、山をそのまま切り崩してモアイを作っていた場所である。
2009030905.jpg
造りかけのモアイや、作って運び出される前のモアイが地下に埋もれていたりして
おもしろい風景である。
2009030906.jpg
ここを見ていると、モアイが自力で歩いてちらばったという説も信じてしまいそうである。

大きいものでは高さが20mほどあるらしくて、巨大。
顔がおもしろい。
2009030907.jpg
それから、日本企業が再建を援助したというアフ・トンガリキ。
15体のモアイが海を背にして立っている。

この像の前の岩に描かれていた亀の絵は、ハワイでよく見る亀の絵とほとんど同じだった。
聖なる力ことを「マナ」と言うのも、ハワイと同じだなぁ。
2009030913.jpg
このころにはお昼をすぎて、お腹が空いてきた。
日差しが強く、車の中でもジリジリと肌が焼ける。

島の北側のビーチでお弁当を食べようと決めていた。
2009030909.jpg
その前に、テ・ピト・クラという、丸い石。
光のへそという意味らしいけど、ただの石にしか見えない。


ようやく、ビーチへ到着。
2009030910.jpg
オバヘビーチは、プライベート感覚できもちよかった。
シートを広げてまったりする。
2009030911.jpg
アナケナビーチでは、モアイが立っていてビーチとモアイを両方楽しめる。

2009030912.jpg
ここのモアイは、プカオという帽子のようなものをかぶっている。

プカオだけ色が赤くて、石の種類が違う。
これは帽子ではなく、鬢らしいの。
昔の沖縄女性の髪型を連想させられる。

文鎮で、モアイが動かないように押さえつけられているようにも見えるけど…。


ここで2時間ぐらいのんびりしてから、
島の真ん中を走る道路を通って南下し、アフ・アキビに向かった。
2009030914.jpg
ここには7体のモアイが海のほうを向いて立っていた。

そろそろモアイはもういいかなという気持ちになってきた。

最後に、島の北にあるオロンゴに向かう。

途中で海に面した洞窟があり、そこがアナ・カイ・タンガタ
直訳すると人食い洞窟という場所。

天井に鳥の絵があった。

ラノ・カウという火山の火口を目指して登っていく。
2009030915.jpg
途中でミラドールがあって、火口湖を見ることができる。
すごいなぁ。

その先の入口で、入場料を払って中に入る。
イースター島の観光で、お金が必要なのはここだけだ。
2009030916.jpg
オロンゴは聖地であり、岬の先には鳥の絵が描かれた岩があった。
ここから火口湖が見えるけれど、
手前のミラドールで最初に火口湖を見てしまったので、
入場料を払ってわざわざ入る意味はあまりなかったかも。

でも、島全体での入寮料と考えれば10ドルぐらい安いものだ。
2009030908.jpg
いっぱい走って、いっぱい日焼けして、充実の1日であった。



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【2009/03/09 19:40】 | 37か国目★チリ(09.3/7〜3/12) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
イースター島でダイビング。一応。
イースター島はこの時期、夕日も遅いけど日の出も遅い。

レンタカーの返却時間が9時なので、
それまでにアフ・トンガリキへ行き、朝日を見ることにした。

2009031001.jpg
7時半に宿を出発すると、外はまだ夜で、
満月が輝く海がキラキラしていた。

アフ・トンガリキまで30分程度。
ちょうど到着したころには、オレンジ色の光がモアイの後ろからさして美しかった。
2009031002.jpg
8時を少しすぎた頃、日の出。
日の出そのものよりも、日の出前の時間がモアイとセットで美しかったな。

結構見に来ているひとも多いかった。
袖なしは私ぐらいだったけど。朝はけっこう冷えるのだ。

十分に満足して村に帰り、車も返却。

その足でダイビングショップに行く。
今日はダイビングをしたいのだ。

昨日、ちょっと話を聞きにいっており、
今日の9時半に来て見てといわれていた。

実はイースター島には、水中にもモアイがいるらしいのだ。

といっても、これは映画用に作ったもので、偽物なんだけども。
できればそれを見たいな、と思っていた。

ダイビングショップは何件かあったけど、
1件目で英語のできる人がいたので、それだけで安心して
そこでいいか、という気分になったのだった。

海の中では言語は関係ないっちゃないんだけど、
まったく分からないスペイン語ではやっぱり不安である。

ショップに行ってみると、今日はコンディションが悪くて
船が出せるかどうか、いまチェックしているところだという。

待っていると、結局、船が出ることになったらしくて
待機していたほかのダイバーと混じって私たちも潜ることになった。

あれよあれよ、という感じだったので、
ポイントがどことか、何人で潜るかとか、ぜんぜん分からないまま。

12月にエジプトのダハブで潜って以来、この旅行で2回目のダイビングである。

ダハブの時に、ふたりとも何年かぶりだったので
復習ダイブみたいな感じでひととおり教えてもらっていてよかった。
あっという間にスーツを着て、機材を用意して、ボートに乗り込むことになった。
2009031003.jpg
結局、6人+インストラクター2人が一緒に潜るらしい。
3人ずつボートに分かれて乗って、ポイントへ向かうのだが、
実際、今日は風が相当強く、波も高いため
ボートはなかなか沖へ進むことができない。

ようやくポイントへ到着し、エントリー。

ガーデンというポイントで、その名のとおりサンゴのガーデンのような
見事な場所であだった。

ただ、うねりがひどいし、そのため透明度もそこそこ。
どうしても体が流されてしまうので、サンゴを傷付けないか気が気じゃなかったし、
岩のアーチを並んで潜るときなんかは、流されて頭を岩にぶつけないか
前の人が突然下がってこないかなんてことが気になって
リラックスとは程遠いダイブであった。

海からあがってみると肌寒いし、2本目を潜ろうという気にもならず、終了。
一応、イースター島でダイブしたという記念を胸にしまいつつ。


村のスーパーで、また肉を買って帰る。
とにかく、イースター島の物価は高い。

サンチアゴの2.5倍ぐらいはするものだから、
自炊しないとやっていけない。

そのうえ(島だからしょうがないのだけど)品揃えがよくない。
みなさん、自給自足なのかしら。

イースター島に備えて、
物価の安いところで米やパスタなど買い込んできたのだけど、正解であった。

でもなぜか、他の物価と比べて牛肉だけは不思議と安い。
そしてやっぱり魚は置いてない。

さっき港で、漁師さんが大量の魚を水揚げしているのを見たのだけど、
店で売っていないのはどうしてだろう。

島に来たらおいしい魚が食べられると思ってたのになぁ。。。

2009031004.jpg
島の消防車は、神戸からの払い下げ車であった。

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【2009/03/10 14:12】 | 37か国目★チリ(09.3/7〜3/12) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
たなぼたビジネスクラス☆
イースター島あっという間だった。
今日の飛行機でサンチアゴに戻るのである。

朝10時半に、宿のおじさんに空港に送っていってもらうことになった。

この宿のおじさん、おばさんはとても親切だったなぁ。
洗濯もしてくれたりして。

ただベッドにダニがいて、数十箇所指されたのだけれども。
しかも私だけ。まぁ安いからしょうがないか。

この島は本当にのんびりしてた。

村も小さいから、誰かとすれ違う度に、
オラ!と挨拶を交わす気さくさがあって。

アイスクリームを食べてたら、
通りすがりのおじいさんが
リコ(おいしい)?と声をかけてきたので、シーと答えたり。

物価が高いし、観光客も多いのに、
人がみな素朴な感じだった。


14時半の飛行機に乗るのだから、
国際線扱いで2時間前にチェックインと考えても宿を出るのが早すぎる。
まぁでも、空港から村まで歩いていける距離なので、
チェックインしてからまた町にちょこっと行けばいいなと考えていた。
2009031102.jpg
実際、カウンターでチェックインすると、
搭乗時間が12時10分と言われた。
まだ1時間ぐらい時間があるのでテクテク歩いて村に出てみる。

ポストオフィスで絵葉書を投函して、
昨日食べたマグロのエンパナーダをまた買ってしまう。
2009031101.jpg
さらばイースター島。

空港に戻って搭乗案内を待っていると、
スペイン語のアナウンスで、自分の名前を呼ばれた気がした。

しばらくすると、英語のアナウンスではっきりと私と相方の名前を呼んでいる。

なにかの手違いで飛行機に乗れなかったりしたらどうしよう…
などと不安に思いながら係員に尋ねると、
なんと、ビジネスクラスにアップグレードするよ、ということだった。

ラッキー!

さきほど荷物のX線では相方の荷物にポテトが入っているといちゃもんをつけられ、
バックパックの中身を全部ぶちまけられたし(結局入ってなかった)、
その後の手荷物検査では、フォークを没収された(出し忘れた自分が悪いんだけど)のだけど
それもこれもアップグレードでチャラだ。
2009031103.jpg
飛行機に乗り込むと、いきなりウエルカムドリンクがあったので
シャンパンとピスコサワーで乾杯。

ピスコサワーというのは、チリのお酒で
ワインの蒸留酒をレモンや卵白で割った白っぽいカクテルである。
2009031104.jpg
180度までフラットになるシートでゆったりくつろいで、
食事もおいしいし、ワインも選べるし、飛行機を降りたくなかった。
2009031105.jpg
食後のコーヒーとビール。

そんな約5時間のフライトを終えると、時差があるため
イースター島を14時半に出た飛行機が
サンチアゴに到着したのは20時であった。


空港を出ると、タクシーの客引きがすごい。
私たちはバスでセントロに向かうのだけど、
バスの乗り場で、「このバスはバスターミナルには行かない」などと
ウソをいう人がいて、一瞬え?と思った。

こういう悪質な客引きは、南米では全然遭遇しなかっただけに、残念である。

ちゃんとバスはロスエロエスまで行き、そこからメトロで
Baquedano駅に向かった。
宿はネットで予約しておいた。

●Hotel Foresta
トイレシャワー付きツイン
朝食つき。フリーWifi
メトロBaquedano駅からすぐ
清潔だし、スタッフ感じ良し。

まわりに食べ物屋もあるし。
前回もこっちに泊まればよかったな。

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【2009/03/11 14:30】 | 37か国目★チリ(09.3/7〜3/12) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
チリでウニを満喫するはずだったのに…
昨日、イースター島から飛行機で戻ってきて、
そのままサンチアゴの中心地に泊まった。

明日の飛行機で、マイアミへ飛ぶことになっている。

サンチアゴには、イースター島に行く前にも1泊したのだけど、
そのときには観光する時間がなかったので、
もうこれで最後だし、ブラブラ歩いてみることにした。

まずは、ウニ!
ウニ(こっちの言葉ではエリッソ)を求めて中央市場へと向かう。

前から、チリに来たらウニを食べようとずっと思っていて、
イースター島に行く前にも、中央市場だけは行っていたのだった。

市場には食堂が何件も併設されていて、
そこで料理された魚介類を食べることができる。

だがしかし、前回は「ウニ ウニ」などと日本語で声をかけられたりするものの、
実際に店に入って席についてみると、「エリッソはいまない」とかいわれたりして
結局エリッソとご対面できなかった。

リベンジの今回は、ちゃんと午前中に市場に行った。
前回は午後だったから品切れだったのかもしれない。

でも、市場の中を見回してもウニらしいものは売られていない。
時期じゃないってことなのかなぁ。

何件か食堂で聞いてみても、やはり今日、エリッソはないらしい。

そうですかー。

あきらめて、ピコロコというフジツボと、
ロコという見た目があわびのような貝を食べることにした。

想像以上に、ピコロコがおいしかった!
2009031201.jpg
甘くて、旨みがあって。

ロコはあわびというには歯ごたえがなさすぎで、味も淡白だったけど
肉厚な触感で、食べ応えがあった。
2009031202.jpg
ポテトが添えてある。

それからぶらぶらと旧市街を歩く。
アルマス広場の周辺はショッピングエリアになっていて
かなりの賑わい。

チリといえば、ラピスラズリの原産地なので
なにかお土産をと思っていたのだけど
値段も質もピンキリで、
しかも良し悪しが私には判断つきかねる。

こういう石は、人にあげるのは難しいなぁ。

だって、安いものはやはり安物っぽいから、
けっこうな値段をするアクセサリーなんかお土産に買ったとして、
後でそれが偽物だとわかったらもらった方も私もショックだしなぁ。

そんなことを悩んだあげく、
民芸品市場で自分用の安物ピアスだけを記念に買った。

民芸品市場の向かいには、
サンタルチアの丘があり、門構えがコロニアル的。
2009031203.jpg
せっかくなのでテクテク登って、しばしのんびり。
2009031204.jpg
スモッグがかかっていたけれど、サンチアゴの町がよく見渡せる。
もうチリも終わりかぁ。
というか、南米が終わってしまう。

最後が都会的なサンチアゴというのが、なんとなくあっけない思いがするな。
チリとアルゼンチンのパタゴニアとか、
もっといろいろな所に行ってみたかった。


夕方、またエアポートバスで飛行場へ行き、
今度はマイアミに向かう。

とても名残惜しい。
サンチアゴがとか、チリが、というより、南米が。
体調を壊したりもしたけど、刺激的で楽しい日々だった。

でもマイアミはちょっと寄るだけで、
次は中米の旅行が始まる。
それはとても楽しみである。


ラン航空だったのだけど、さすがに今度はアップグレードなしだった。
あたりまえだけど。
一度ビジネスに乗ってしまうとエコノミーがやけに狭く感じる。

それでも、アルコールのサービスもあるし、
エンターテインメントシステムも悪くない。ラン航空いいなぁ。

マイアミまで8時間のフライトで、到着するのは現地時間の早朝なので、
できるだけ早く寝ることにする。


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【2009/03/12 09:58】 | 37か国目★チリ(09.3/7〜3/12) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
マイアミもラテンアメリカであった。
サンチアゴからの飛行機は、
朝6時ごろマイアミに到着。

南米で飛行機に乗ると、
着陸時に機内で盛大な拍手が起こっていたのだけれども
今日もパラパラと数人が拍手をしていた。

いくらなんでも、まだ時間が早いので、空港で時間をつぶすことにする。
冷房がガンガン効いていて寒い。

売店で英語の雑誌をパラパラ見ながら、アメリカかぁ、と思う。

9時になったのでJというバスでマイアミビーチへ向かう。
バスはしばらくダウンタウンを走り、
車窓にアメリカのファストフードチェーンがいくつも通り過ぎる。

ふと、スペイン語の看板も目に付く。
マイアミはキューバやプエルトリコ、中米からの移民が多い町だという。

バスの中でも、スペイン語で話している人がけっこういる。

橋を渡ってマイアミビーチ周辺になると、
コバルトブルーの海が遠くに見え、少し気持ちがウキウキする。

だけど、想像していたよりも、あまりにリゾートエリアが広くてちょっと心配になる。
宿がある63thの前の停留所でバスを降りた。
このあたりは、コンドミニアムばかりでホテルはなさそうだ。

マイアミビーチのホテルは
●Lonbardy Inn on Miami Beach
コリンズアベニューの63ストリート。
トイレバス付きダブルで1泊税込み100ドルぐらい。
電子レンジ、冷蔵庫、食器付き。エアコン付き。ロビーにフリーWiFi。
空港からのJバスや、ダウンタウンを通るHバスなどが止まるバスストップは近い。


だけどまだチェックインできなかったので、
荷物を置いて近くを散歩することに。

太陽が、寝不足の体を強く照りつける。

とりあえずパブリックビーチを探してみた。
だけど、大通り沿いにはいくつものコンドミニアムが壁のようにそびえていて、
ビーチに入れそうな場所がなかなか見当たらない。

やっと見つけてビーチにでると、ほとんどプライベート状態!
2009031301.jpg
海水浴している人なんて誰もいないよ。ここは穴場かも。

再び通りに出て、どこかに商店がないかと思って歩いてみるけど、
他に歩いている人なんて誰もいない。
かろうじて、ランニングしている人がいるぐらい。

立ち並ぶ高層コンドミニアムは、住居者が入っていないのか、
それとも別荘だから常にひと気が少ないのか分からないけど
生活感が無くて、ひっそりとしている。

ガランとしていて、不思議な町だ。
2009031302.jpg
対岸には、自家用ボートを停泊させた豪邸が並んでいる。

30thぐらいまで4キロほど歩いてみたのだけど、あまりに何もない。

小さな商店で買い物をして諦めてバスで帰った。
マイアミは、車じゃないとつらいのかもしれない。

商店で飲み物を買って、レジに出すと、
「ドス・シンクエンタ・ペソス」と言われる。
…スペイン語である。

ドス・シンクエンタはまだいい。2.5のことだ。

でもペソってなに、ペソって。
ドルじゃないの?と思いつつ。

マイアミでは、思ったよりもスペイン語が飛び交っているようだ。
不思議な感じ。

でもスペイン語圏から抜け出たばかりの私たちは、
サンキューの代わりに自然とグラシアスが口に出てしまう。
ちょうどいいか。


部屋にキッチンが付いていると思っていたから、
さきほど朝食用に卵とベーコンを買っておいたのだけど、
チェックインしてみるとガスコンロはなく電子レンジだけであった。
ショック。

でも翌朝、電子レンジでもベーコンエッグがつくれる、ということが判明した。
便利な世の中だなぁ。


今日はさすがに疲れたので早く眠った。

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【2009/03/13 11:13】 | 38か国目★USA(09.3/13〜3/15) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
マイアミ2日目
今日は結構歩いた。
ホテルのある63th st.から5th st.まで
後で地図を見てみたら、10キロぐらいはあったのかな。

昨日、コリンズアベニューを普通に少し歩いてみたらば
周りにはコンドミニアムばかりで何もなく、全然おもしろくなかった。

なので今日は、ビーチ沿いに南下してみることにした。

47thぐらいからデッキウォークが始まり、ウッドデッキの上を延々と歩く。
2009031402.jpg
左側には、コバルトブルーの太平洋と、真っ白な砂浜。
右側には、ホテルが次々と現れる。

いいなぁ、このへんのホテルの人は海にすぐ出られて。
でも高いんだろうなぁ。

海水浴をしている人も多い。
2009031401.jpg
20thあたりでビーチを出て、17thと16thの間にある、リンカーンロードモールを目指す。

びっくりするほど、店がたくさん並んでいる。
一応スーパーもあるし。
この辺りがサウスビーチになるのかな。

サウスビーチのホテルだと、安くてもダブルで1泊130ドルぐらいはする。
ユースもあったのだけど、ドミトリーでも、ひとり30ドル前後。

私たちはマイアミの宿を決めるとき、
繁華街のサウスビーチで60ドル出してドミトリーに泊まるか、
それともマイアミビーチではなく、
ダウンタウンで60ドルぐらいのダブルルームに泊まるかを
2晩ぐらいかけて悩んだあげく、
サウスビーチからは遠いけどせめてマイアミビーチで
100ドル未満のダブルに泊まる、という選択をしたのであった。

それが、63St.のホテル。

だけど、実際にこのあたりまで来て見ると、安そうなホテルもちらほらありそう。
1泊だけ予約しておいて、あとは歩いて宿を探してもよかったかもしれない。


オープンテラスのちょっとおしゃれな感じのお店で
ビールを飲みながらなんとなくアメリカっぽいランチを食べる。

飲食店でアメリカ人のサービスを受けると、
チップが欲しくて作り笑いしているのかなぁ、などと思ってしまう。

ホント日本の飲食店は、チップ制度がないのにサービス精神旺盛ですごいと思う。

さらに南へ。

10thあたりから、アールデコ地区というかわいい町並みのエリアになった。
2009031403.jpg
カフェが並んでいて、たくさんの人で賑わっている。

このあたりまで来ると、黒人の人がものすごく多い。

黒人の若い男の子はみんな背が高いし、
だいたい逆三角形の素晴らしい体格をしている。

彼らはカリブ海からの、アフリカ系ブラックなのかな。

南米で見かけた褐色の肌をした人たちといえば、
原住民族のインディオだけど、
顔はおもいっきり親近感の沸くモンゴロイドであった。

やはり顔立ちがぜんぜん違う。

インディオとスペイン人の混血メスチーソは、
どちらかというとスペイン人に近いイメージで肌の色はそんなに濃くなかったし。

ブラジルでも、アフリカ系ブラックを見かけたけど、
こんなに体格はよくなかった気がするんだけどな。
ムラートが多かったのかな。


マイアミでバスに乗っていると、だいたい乗客は黒人かヒスパニック系、
白人はほとんど老人ばかりなんだけど、
そんなバスに乗っているご老体の白人たちが、
なんとなく有色人種と一線をひいている雰囲気を感じてしまう。

これが北アメリカなんだろうなぁ。

黒人と白人の混血が、黒人として大統領になったアメリカ合衆国。
いろいろ考える。


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【2009/03/14 11:33】 | 38か国目★USA(09.3/13〜3/15) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
マイアミでキューバ-Little Havana-
マイアミではスペイン語が強いなぁ、とは
うすうす感ずいてはいたのだけど
実は人口の半分以上がヒスパニック系らしい。

どうりで…。

観光案内のパンフを読んでいたら、
かつてキューバからやってきた移民のコミュニテイがあるのを知った。
その名も、リトルハバナ。

今回はキューバに行けないから、
そこでキューバ料理と、キューバンコーヒーを試してみよう!
ということで、行ってみることにした。


マイアミビーチからダウンタウンへ行くSのバスに乗り、
メトロムーバーという東京のゆりかもめみたいな無人モノレールで
オムニステーションへ向かう。

このメトロムーバー、なんと乗車料金が無料である。

ダウンタウンを見下ろすと、
今日は日曜だからだろう、人の姿がまったく見えない。
車さえも、走っていない。まるでゴーストタウンだ。

8th.stという駅で下車し、その8th.stを西に向かって歩いていくと、
カレ・オッチョことリトル・ハバナに到着する。
2009031506.jpg
ちょうどこの日はお祭だったらしく、すごい人!
2009031503.jpg
オッチョは8のことだから、8th.stをスペイン語で言うとcalle Ochoとなるのだ。
2009031504.jpg
ステージの音楽にあわせて、みんなノリノリ。
お姉さんは、腰を振って踊っていた。ラテンだなぁ。

2009031502.jpg
キューバやプエルトリコをはじめ、中米の国旗をデザインしたグッズを扱う
出店がいっぱいあって、みんなそれをまとっていた。出身地なのかなぁ。
2009031505.jpg
屋台では肉の串刺しピンチョスや、中米各国の料理をはじめ
ギリシャのギロピタやアルゼンチンのチョリパン、パエーリャなどいろいろあって楽しい。
2009031501.jpg
飲み物も、ビールのほかにピニャコラーダの屋台がたくさんあったのがこちららしい。
2009031507.jpg
町並みやレストランを楽しむというよりも、屋台を楽しむ感じになってしまったけど、
私は東京で、タイフェスティバルとか韓国フェスティバルとか、
いろんな国の料理が食べられるイベントに行くのが好きなんので
今日はまさにカリブ海祭というか、すごく楽しかった。


関係ないけど、企業のブースもいくつかあって、
そこでは無料のサンプルなんかも配布していた。
2009031508.jpg
ジュースやボールペンなど、勢いでたくさんもらってしまったんだけど
いったいどうすればいいんだろう…。

キューバ料理を夕飯用にテイクアウトして、帰る。
適当に選んだら、バナナ料理ばっかりで失敗した…。

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【2009/03/15 16:56】 | 38か国目★USA(09.3/13〜3/15) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
中米最初の地、コスタリカ
9時にマイアミビーチのホテルをチェックアウトして、
Jバスで空港へ向かう。

3日間なんてあっという間だったな。
キーウエストにも行けなかったし。

老後にでも、また来て、のんびりドライブでもしたいものである。
2009031601.jpg
コスタリカまでは2時間ちょっと。
これから中米だ。わくわくする。

治安が悪いところもありそうだし、
マイアミでちょっと気がゆるんだけど、またひきしめていかなきゃ。


到着したサンホセの空港は、思ったよりも近代的であった。
時差があるので2時間時間を戻す。

おみやげ売り場で、コーヒーとチョコレートを試食して
買うかどうか本気で悩む。

コスタリカのコーヒー、おいしそうだな。


空港の外に出て、バスでセントロに向かう。
機内食が出なかったので、ものすごくお腹がすいている。
アメリカン航空め。

バスを降りて、目の前にあった食堂に思わず入った。
2009031603.jpg
私は、他の女性が食べていた、具沢山のスープを注文。
相方は、肉とご飯と焼きバナナ。
2009031602.jpg
おいしい!なんか、戻ってきたって感じがするなぁ。
白米もおいしいし。

マイアミは、南米と中米の間にちょっと寄ってみただけなので、
正直、あまり気分が乗っていなかったんだよなぁ。


次は宿。
事前にチェックしていた中央市場の近くのホステルに行ってみたら、
おばちゃんに、想定していた値段の4倍を提示された。

うーん、そんな急に値上げするとは思えないし、
私たちがお金持ちに見えて上乗せして言ってみたってところかなぁ。

そんな値段では泊まれないけど、交渉する気も沸かなかったので
他の宿を探してうろうろしていたら、
警察に声をかけられた。

何事?と思って身構えると、スペイン語で
バッグに気をつけなさいよ、という。
私たちはあきらかに外国人旅行者なので、
人通りの多い道だったから注意してくれたようだ。

了解です。
言われなくてもわかってるけど、言ってくれるってことは、
そういう被害があるっていうことだろう。気をつけます。

そこから数ブロックのホテルでチェックイン。

●Grand Centro American
トイレシャワー付きツイン23USドル
ただ寝るだけと割り切ればまぁまぁ。

コスタリカは、思ったよりも物価高そうだなぁ。

アメリカ企業のファストフードやチェーン店もちらほら見られる。
そうだよなぁ、USAと近いものなぁ。

南米と、中米には、やはり線引きがあるんだろうな。
同じスペイン語圏だし、人の感じも似ているけど。

それから、モンテベルデへの行きかたを教えてもらいに、観光案内所へ行く。
丁寧に教えてくれた。

広場には、桜のようなピンク色の花を咲かせた木があって、
日本ではもうそろそろ桜の時期だな、なんてことを思い出す。
2009031604.jpg
途中の食堂でコーヒーを飲んだ。

おばちゃん、最初はすごく愛想がよかったのに、
コーヒーだけだと言ったら、とたんに顔が怖くなった。

なになに。こっちのおばちゃん、よくわからない。

しかしコーヒーは、とてもおいしかった。
もしかしたら、コーヒー天国に来たのかもしれない。

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【2009/03/16 14:13】 | 39か国目★コスタリカ(09.3/16〜3/17) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
モンテベルデでケツァール探し
朝、6時半のバスでモンテベルデへ向かうので
5時45分にサンホセの宿をチェックアウトした。

思いのほか、日が出ていたし人も歩いていたので
歩いてバスターミナルに向かう。
2009031703.jpg
ちょうど6時にチケット売り場がオープンしたようで、
モンテベルデへのチケットは、簡単に買うことができた。

バスで揺られること5時間。

途中、桜のような桃のような花がさいていたりして、
まるで日本の初夏の山梨あたりをドライブしているような気分だった。

お昼ごろにいちど休憩があり、
そこから未舗装道路を2時間ぐらい走ると
サンタエレーナという町に到着した。

ここが、モンテベルデ自然保護地区へのゲートウェイである。

ターミナルにいた客引きについていき、とりあえず宿にチェックインする。

●cabinas VISTA AL golbo
バストイレ共同ツイン23ドル
キッチン付き。コーヒー無料。
パソコンがあってインターネット無料だけど、
日本語の読み書きできず。


話を聞いてみると、
サンタエレーナ周辺には2つの自然保護区があるという。
モンテベルデと、サンタエレーナ。

サンタエレーナの方が人が少なく穴場らしいのだけど、
ここはオーソドックスにモンテベルデの方に行くことにした。

モンテベルデへは、町からシャトルバスが出ている。
2009031708.jpg
米国から払い下げされた黄色のスクールバスである。

ランチを食べてから、13時半のバスに乗ることにした。


モンテベルデに何しにきたかといえば、野鳥観察!

たくさんの鳥類が見られるらしい。
古代マヤの聖なる鳥ケツァールもいるという。


受付でチケットを買うときに、どのくらい時間あるの?と聞かれたので
2時間と答えると、2時間で回れるお勧めコースを紹介してくれた。
村への最終バスが16時なので、それまでには戻らなくてはならないのだ。


よし、ふたりで幸運の鳥ケツァールを探そう!
と意気込んではみたけれど、入ってみてすぐに思った。
2009031701.jpg
こんな広いところで、たった一匹の鳥を見つけられるわけがない!
しかも、普段、鳥なんて観察したことがないんだから、
どこをみたらいいのかさっぱり分からないし、双眼鏡だってもってない。
2009031706.jpg
まぁしかし、歩いてみると、とにかくとてもいい香りがする。

というのも、モンテベルデは熱帯雨林ではなく、熱帯雲霧林なのである。

熱帯霧雨林という言葉を、私は始めて知ったのだけど、
標高800~1300mにあり、常に雲に覆われていて湿度が高い密林らしい。

よく植物園なんかでスプリンクラーが作動しているけれども
それと同じような(という言い方も変だけど)自然のミストが本当にあるのだ。

やさしい天気雨、というのかな?
ときたま、ふわりとミストが顔に当たるのを感じるのだ。

空気がしっとりしていて、だから緑がよく香る。
これぞ最高の、森林浴。
2009031707.jpg
そして、コケ類、シダ類の緑がすごくきれい。
2009031704.jpg
つり橋もあった。
2009031705.jpg
エアプランツも自然のアートのようだ。
これらは空気中の水分を栄養源にしているらしい。

森林浴だけで、満足。

ケツァールは…見られず。
鳥の声をたよりに、ずっと上を向いて歩いていたから首がいたくなった。

この後、グアテマラあたりまでケツァールはいるらしいし、
まだ出合うチャンスはあるかもしれない。

最終バスに間に合うようちょっと走って乗り込み、サンタエレーナに戻った。


サンタエレーナの夜は、嵐のようなすごい風が吹き荒れていた。

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【2009/03/17 15:07】 | 39か国目★コスタリカ(09.3/16〜3/17) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
自然大国コスタリカからロッキンチェアーの国ニカラグアへ
これから数日は移動だけの日々が続くことになる。
あまりに移動が長くて、あまり写真も取っていない。

さて今日の目的地は、ニカラグアのレオンである。

コスタリカ、なんと2泊で終了である。
火山や温泉にも行きたかったけど、例によって時間がない。
あぁ悔しい…。

★5時45分 
まだ真っ暗なうちに起きて、
キッチンで色味を帯びてくる空を見ながらカップラーメンの朝食。
2009031801.jpg
太陽が昇るのを待っていたかのように宿をチェックアウトする。
朝はちょっと冷える。

★6時前 
バス会社のオフィスで、
ハイウェイを通る6時30分発のサンホセ行きバスチケットを買おうとしたら、
6時のプンタレナス行きでもハイウェイを通るというので、
ギリギリそのバスに乗り込んだ。

とりあえず、未舗装道路を抜けて、ハイウェイに出れば、
そこからニカラグア国境までは一本道のはずだから
ハイウェイで乗り換えのバスを待つことを考えると早く行ってしまった方がいい。

★6時30分
バスに慌てて乗り込んだものの、結局30分送れてバスが出発。
なんのこっちゃ。

★8時30分
未舗装道路を抜け、パンアメリカンハイウェイ(1号線)に出たところでバスを降りる。

★9時前
ハイウェイにて国境のぺニャブランカへ向かうバスを拾う。

★12時前
ニカラグアとの国境に到着。
コスタリカ側の手続きを終えて、ニカラグアへ。
コスタリカ側でも、ニカラグア側でも入出国カードを売る人たちがいた。
もちろん、こんな人たちから買わなくてもカードは窓口で無料でもらえる。

★12時30分
ニカラグア側のイミグレーションで入国税なのかよく分からないお金US7ドルとられる。
バスターミナルが分かりりにくく、しばらく迷っていたのだけど、
一応ツーリストインフォがあり、そこでやる気のなさそうなお兄さんに教えてもらった。

ニカラグアに入ったとたん、物乞いが増えた。
貧しい国なんだろうな。治安が悪いって聞いているし。

首都のマナグアまで行くローカルバスがあったので、それに乗り込む。
バスにはタコスのような食べ物や、ドリンク類などたくさんの物売りがやってくる。

物売りの女性がつけているフリフリレースの乙女チックなエプロンが気になる。
若い女の子は肌の色が薄く、たれ目系でけっこうかわいらしい。

★13時
ようやくバスが出発。

★16時
ニカラグアの首都マナグアに到着。
バスターミナルは、ひどく混沌としている。

マナグアはすっごく治安が悪いと聞いていたので、
バスを乗り換え、そのまま第二の都市というレオンを目指すことにした。

★18時
レオンのバスターミナルに到着。

とにかく日が沈む前に宿に入りたかったので、
ガイドブックにあったバスターミナルから一番近い宿を目指した。

●HOTEL EUROPA
トイレバス付きツイン23ドル
WiFi飛んでる。

ちょうど日が沈む寸前に、宿にチェックイン。


外は暗くなってしまったけれども、お腹が空いたのでちょっと出てみたら、
のどかな感じで治安は悪くなさそうだった。

宿にもロッキングチェアーがあったのだけど、
ちらりと覗いた民家の中でも、人々はたいてロッキングチェアーでくつろいでいた。
2009031802.jpg
なんでも、ニカラグアはロッキングチェアーが名産らしい。
こんなにたくさんのロッキングチェアーを見たのは初めてだなぁ。


歩いて中心地に行ってみると、安宿もありそうだった。
スーパーもあり、かなり物価が安い。

手近な食堂でご飯を食べる。
ランチのときも出てきたのだけど、
こちらでは日本の赤飯とそっくりなご飯を良く食べるみたいだ。
2009031803.jpg
この赤飯が、なかなかどうしておいしいのだった。



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【2009/03/18 12:51】 | 40か国目★ニカラグア(09.3/18〜3/19) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
中米物価安の国々~ニカラグアからホンジュラス~
本日も、ほとんど移動の日。

このところ移動ばかりでしんどいのだけれど、
それは中米に夜行バスの存在がないというのも
効率よく移動ができない要因のひとつである。

だから、どうしても日中の移動を余儀なくされ、
日程の限られている私たちは、これまでのように観光に時間がさけない。

さらに治安に不安があるため、新しい国や街に移動する場合には
太陽のあるうちに到着し、宿を確保したいため
なおさら、日中は移動だけになってしまうのだった。

そんなわけで、2日連続で早朝5時には起きてひたすら移動を続けていたのだけど
その疲れもあり、またどこか開き直ったような変な感覚があり、
今朝は早起きを放棄。なんとかなるだろうという諦めの境地。

当然そのツケが後で回ってくる事になるのだが…。

今日の目的地は、国境を越えホンジュラスの首都テグシガルパである。

★8時
ゆっくりした気分で起きて、宿に併設されていた食堂で朝ごはんを食べる。
2009031901.jpg
屋外に置かれたパイプイスもロッキングチェアーだった。

泊まった宿は、近くにあった他のところと比べるとちょっと良さげだったので
昨晩、宿のおねえさんに一応、拙いスペイン語を駆使して朝ご飯が付いているか聞てみた。

すると、うんうん、朝ご飯ね、ここだよ、とその食堂を指差したので
おお、久々のご飯付きか!と嬉しく思っていたのだけど
実は別料金でひとり5ドル近くとられた。
なんとなく変な感じはしたんだよなー。
こちらの物価にしてみたら相当にお高い。

★9時
チェックアウトしてバスターミナルに向かう。
広場に、米国のスクールバスを元にした派手なバスが並んでいる。
2009031902.jpg
まずはグアサウレの国境へ向かう。
バスのおじさんたちに、イミグラシオン、とか、ホンジュラス、とか、グアサウレとか
連呼してもなかなか理解してもらえない。

どうやら、チナンデガというところまで行って乗換えが必要らしい。

★10時
チナンデガ行きのバスが出発。
2009031903.jpg
さすがスクールバスの払い下げだけあって、席のピッチが狭い。
だけど、車内には陽気な音楽がかかっていて、窓の隙間から吹き込む風が気持ちよい。

車窓から見える火山もきれいだ。
富士山を彷彿とさせる円錐形をしている。
2009031904.jpg
どうして火山だって分かるかというと、
裾野から煙が立ち上っているから。

この国にも絶対温泉あるだろうな。

★11時
チナンデガのバスターミナルに到着。
2009031806.jpg
ここでも、売り子のエプロンのフリルがかわいらしい。

グアサウレという国境に行くバスに乗り込んだとたん
あっという間に出発。


★13時
グアサウレのバスターミナルに到着。
ガランとした広場で、シクロの運転手5~6人に囲まれ、
こういうのって久々なのでかなりひるんでしまう。

うっとおしいので、飲みものを買ったり、食堂で食事したりしてごまかす。
スープを注文すると、トルティージャがついてきた。
とうもろこし文化圏に入っているんだなぁ。

シクロの客引きは食事の間もしつこくこっちを見ているし、なんだか居心地が悪い。

後から思えば、集まっているときに互いに値段を競わせればよかったのだけれども。
アジアとかエジプトとかではそうしてたのに、そういう感覚をすっかり忘れていた。

★13時30分
グアサウレのバスターミナルから、結局シクロを使わず歩いて国境に向かうことにした。

シクロが営業しているぐらいなのだから、
それなりの距離がある。

フーフー言いながら国境の橋を渡る。
2009031807.jpg
異常なほど立派なこの橋も、日本の援助によるものだった。

ニカラグア~ホンジュラス間は出入国のスタンプを押してくれないのだけど、
ちゃんとコンピューターで出入国を管理しているから意味ないんじゃないかなぁ、と思う。

ニカラグアで出国税US2ドル、ホンジュラスは入国税US3ドルとられる。


★14時
ホンジュラス側で、チョルテカ行きのコレクティーボに乗る。
乗り合いのミニバスで、荷物をひょういひょいと、屋根上に乗せられる。

★16時
チョルテカに到着。
今度は首都テグシガルパ行きのバスに乗る。

★18時
日没。
あぁ、太陽のある間に到着できなかった!

ホンジュラスも治安が心配。

★20時
山から下りて町に向かっているとき、なんとなくペルーのクスコを思い出した。
ようやくテグシガルパに到着。

治安面を考えてセントロで泊まろうと思っていたのだけど、
バスが明日乗ろうと思っていた国際バスの出るコマヤグエラ地区に止まって、
しかも目の前にホテルがあったのでそこにチェックイン。

●Condesa Inn
トイレバス付きツインL495(約2500円)
もっと安い部屋もあったけど、ダブルベッドが2つの広い部屋しか空いていなかった。
バスの発着所が近くて便利。


目の前にコメド(食堂って意味?)があって、
軒先でBBQみたいに串刺し肉を焼いていたのでそれを頼む。
こっちでは、ピンチョというらしい。

ピンチョといえば、スペインでは、
バルで出てくる爪楊枝をさしたおつまみのことだったけど、
こっちではもろに串刺し肉のことをいうようだ。
2009031905.jpg
ピンチョとビールで一息つく。
またトルティーヤがついてきた。

付け合わせにこしあんの砂糖なしみたいなものもあった。
これがけっこう肉とトルティーヤに合っておいしい。

ニカラグアまででもアズキ豆のようなものはよく出てきて
甘くないあんこだなぁと思っていたのだ。


コマヤグエラ地区は治安が悪いと聞いていたけれど、
なんだかホンジュラスに入ったら人の雰囲気がいいし、
なんとなくホッとした。

というのも、
ニカラグアでは、おつりを返してくれないし、ごまかすし、
倍の料金とられるし、なんだか気を抜けなかったのだ。

ここのところ、南米から続いたラテン気質の国では
そういうごまかし方をされていなかったから、すごく嫌な気分だった。

「チナ」とか「チンチャンチョン」と何度か吐き捨てられたりしたし。
どちらも中国人を軽蔑する言葉らしい。

スペイン、チリとアルゼンチンといったスペイン語圏で
何度か通りすがりにチナと言われたことがある。

チンチャンチョンの方は、イスラム圏でよく言われたな。

日本人の私は別に言われたからどうってことないのだけど
だいたい馬鹿にしたような顔をしてその言葉を言うので
不快な気持ちになるのだ。

まぁそんなこともあり、
ニカアグラはすぐに通り過ぎてしまったけど
後ろ髪がひかれるようなことはなかったのだった。


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【2009/03/19 14:00】 | 40か国目★ニカラグア(09.3/18〜3/19) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ホンジュラス、コパンへ
今日も移動日。
そもそも、なんのためにこう移動ばかりしているのかわからなくなってきた。

10日間でコスタリカのサンホセから陸路でメキシコシティを目指しているのだけど
いろいろ見て回るには圧倒的に日数が足りない。
移動ばかりでつまらない。

よく飛行機のマイルをためるためにひたすら飛行機に乗るのを趣味とする人がいるけれど、
彼らはそのマイル稼ぎのフライトのことを「修行」と言ったりする。

私たちのここ数日の移動も、さながら修行のようだと思ったりもする。
日にちが足りないならそれこそ飛行機で飛んでしまえばよかったのに、
どうして思いつかなかったんだろう。

ヒッチハイクでユーラシア大陸を横断した猿岩石も
移動のための日々を過ごしていたのだから、
そう考えるとあまり楽しくなかったろうな。

もし日数がもうちょっとだけあったなら、
ホンジュラスではカリブ海に出てダイビングをしたいところであった。
すごく安くダイビングができて、海も大変きれいらしい。

なんだか最近、そんな話ばっかり。


本日の目的地は、グアテマラの国境に近いコパン・ルイナス。
乗換えが1回だし、国境間の移動がないからまだラクだ。

★6時半
宿の近くにあるバス会社を偵察して
サンペドロスーラ行きのバスを比較検討する

★7時前
宿をチェックアウトし、朝ご飯に屋台でピンチョをテイクアウト。
7時発のバスでサンペドロスーラに向かう。

空いている座席がちょうど2席しかなく、
もうちょっとで危なく5時間立ちっぱなしになるところであった。

★12時
サンペドロスーラのバスターミナルに到着。
ホンジュラスきっての交通の要所らしく、バスターミナルは非常に立派。

ここからカリブ海沿岸の町にもいけるのになぁ、と思いつつ
コパン・ルイナス行きのバスチケットを購入。
2009032001.jpg
余った時間でランチにする。

★13時
コパン・ルイナス行きのバスに乗る。
外国人バックパッカーも多い。
コパンは観光地なんだなぁ。

★16時
コパン・ルイナスに到着。
バスを待ち構えていた客引きについていって宿を確保。


コパン・ルイナスの町は、マヤ文明の遺跡へのゲートウェイである。
2009032002.jpg
標札に、マヤ文字が書かれていて、興奮する。

村は歩いて回れる小さな村で、ローカル色が強いものの
かなりツーリスティックなところである。

びっくりするほどお洒落なカフェがあったり、
夜になると、観光客向けの民芸品屋台が出たりもする。
お土産屋をのぞいたりするのも楽しい。

それよりなにより、明日は久しぶりに観光ができる!
コパン遺跡を見学するのだ!楽しみだな~。

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【2009/03/20 15:39】 | 41か国目★ホンジュラス(09.3/20〜3/21) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
念願のマヤ遺跡に感動!コパン
朝。宿の1階に食堂らしきスペースがあったけれど
昨日散策した感じだとコパンルイナスの町にはいくつかカフェがあったので
宿を出て少し歩いてみることにした。

外国人しか利用してないようなこぎれいなカフェでオムレツとコーヒーの朝食。
珍しくwifiが飛んでいたので、ipodタッチで少し調べ物をしていると
いつのまにか9時前になってしまっていた。

村から歩いてコパン遺跡に向かう。
道は一本道。途中に石碑があったりして期待が膨らむ。
10分もしないうちに、遺跡の入り口に到着した。

入場料を払い、整備された森の中を歩いていると
カラフルな鳥たちが木々にわらわらと止まっているのが見えた。

お、ケツァールか!?と頭上を見上げたけれど、違う。オウムみたいな鳥だ。
飼われているのかもしれない。なんとなく不自然だし。

さて、いよいよ、はじめてマヤ遺跡とご対面である。
すっごく楽しみ。ワクワクする。
2009032102.jpg
まず、だだっぴろい広場に出た。
石造りのピラミッドが見える。おー。
そしてその周りに、ぽつぽつと石碑が建っている。

ここ、世界不思議発見で何度も見た事ある!
数年前に上野で「マヤ文明展」に行ったときも3D映像で見たぞ!

すごいなー本当に来れたんだなー。

石碑の近くに近づいてみた。
おおー、これぞマヤ文字だ!
丸みを帯びた色んな模様が書かれた角丸の四角形がいっぱい。
王様といわれる彫刻も、繊細で複雑だ。
ここの石は柔らかいのかなー。すごいなー。
激しく感動。

英語のガイドツアーの観光客がいたので
ちょっと離れてさりげなく説明を聞いたりする。
2009032105.jpg
よく見ると石はほんのり赤くなっているところがあるのだけど、
かつては赤く着色されていたんだそうだ。

球技場もあるのだけど、
いまいち試合をしているところのイメージが湧かなかった。

その奥にすんごい階段があった。神聖文字の階段。
2009032106.jpg
一段一段に、文字が刻まれている。その数2200以上。
だいぶ風化して彫りが薄くなってしまっているけど、これすごいなー。

どうやら、発見されたときは石がバラバラになっていたらしく、
それを階段状に積み上げたらしい。

周りを見回すと、崩れかけた石たちが無造作にころがっていて
階段も発見されたときはこんなだったのかなーと想像する。

2009032107.jpg
なんて事無い石畳の残骸のような中に、ドクロ型の石を発見。

小学生のころ何度も読んだ手塚治虫の
「三つ目が通る」という漫画を思い出す。
2009032103.jpg
キン肉マン発見。

神聖文字の階段はもちろん上れないのだけど、
その上の高台にも遺跡があるようだ。

というか、こうしたマヤの遺跡は、
例えば古い年代の墓の上に新しい墓を重ねるといったように
どんどんと積み重なっているのだそうだ。

かなりの量の石を使って小高い丘のようなものが作られている。
観光客が歩ける階段を上り、上へと向かう。

はぁーなんかすごい。
感無量です。
2009032108.jpg
ホントきれいな彫りだなぁ。曲線美。

代々のコパン王が描かれた有名な祭壇があり、
その前の神殿の内部からはカラフルなお墓が発見されている。
2009032109.jpg
これ、見たいなーとずっと思っていて、
トンネルに入ってみたのだけれど
地下に入ってみれたのは、巨大な顔の形をした石だけ。
がっかり。


後で知ったところによると、町中の考古学博物館で地下神殿ロサリラが
復元展示されているらしい。行けばよかったなー。
2009032104.jpg
11時頃、町に戻り
12時にミニバンみたいな車で隣国グアテマラのアンテイグアに向かう。
ツーリスト向けの直行シャトルバスみたいなものだ。

車は12時半に出発して、すぐに国境を越えた。
さらば、ホンジュラス。

アンティグアの中央広場に到着したのは午後4時ごろ。

さすが世界遺産の町だけあって、町並みがきれい。
コロニアル調の建物を夕日がオレンジ色に染めていた。

アンティグアでの宿は
●ペンション田代
http://ptashiro.hp.infoseek.co.jp/
【2009/03/21 17:00】 | 41か国目★ホンジュラス(09.3/20〜3/21) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
グアテマラでケツァール再び。
悲願のケツァールを発見!
2009032201.jpg
ほら、お札の中に…。

いやいや、絵だけではありません。
グアテマラでは、通貨の単位がなんと、ケツァールなのだ。
1ドルが7ケツァールぐらい。


さて、グアテマラ。
ホンジュラスから入る時、どこに行くべきか相当迷いました。
(時間がないから)

首都グアテマラシティは、ちょっと治安が心配だし。

遺跡つながりで、ティカルにはぜひ行きたかったのだけれど
ティカルに行ってしまうと、日程的にそのまま北の国境から
メキシコに抜けることになるだろう。それもちょっと寂しい。

ものすごく悩んだ結果、
世界遺産の町アンティグアと、温泉の町シェラに寄って
南の国境よりメキシコに入ることに決めた。


アンティグアは、なるほど、奇麗に整備されていて居心地よさそうである。
ツーリスティックなところではあるけれど。
2009032207.jpg
昨日の夜、ライトアップされた町並みも雰囲気あった。

2009032206.jpg
目につくのが、この円錐形の山。アグア火山。
2009032205.jpg
そして咲き誇る花々。
2009032202.jpg
なんだか春って感じがする。
2009032204.jpg
午前中、お土産を物色する。
観光客が多いから、お土産屋さんもたくさんあって
ホンジュラスと比べると品物もよさそう。種類もいっぱいある。
だけど値段もちょっと高くなった。


お昼ごろ、シェラに向かうことにする。
シェラというのは通称で、正式名はケツアルテナンゴという町だ。

グアテマラには○○テナンゴという地名がたくさんあって、
これは、~の場所とか~の土地とかいう意味らしい。

ということは、ケツアルテナンゴは、ケツアルの場所?
そのまま鳥のことを指すのか神聖化されたケツアルのことを指すのかわからないけど
興味深い地名である。

2009032203.jpg
バス停で売ってたフルーツ盛り合わせ。
南米中米はフルーツがおいしくて幸せである。

なんとかテナンゴ(忘れた)行きのバスにのり、
シェラに行きたいというと、40分ぐらいたった頃に
ここで降りなさい、とうながされた。

どうやらバスを乗り換えるようだ。

いろんな人が手伝ってくれるので、
驚くほどスムーズに別のバスに乗り換えて
3時間ほど山道をゆく。

すごく揺れる。
お尻が浮いてしまうぐらい。

グアテマラでも、例のアメリカ製スクールバスを使っている。
こちらでは、チキンバスというらしい。

車内は満席。

ぴったりとくっついて座っていた隣のおじさんが、
私の膝の上に置いた鞄に手を伸ばすのに気がつき、鞄をどけた。
カメラを入れていたズボンのおじさん側ポケットもそっと手でガードした。
すると、自分の荷物の下からさりげなく伸びてきたおじさんの手がぶつかった。
やっぱり、この人、スリだ。

睨んでやった。もうスリには何にもやらないのだ。

相方がバスの中でおなかの調子が悪くなりピンチを迎えた。
1時間ほどなんとか我慢して、大きめのバス停に着いたときに
ダッシュでトイレに駆け込んでいた。

こういうときも、ふたりだったら私が荷物を見ながら
バスをストップさせておけるので心強い。

16時頃にシェラに到着。
日本人宿にしました。

●タカハウス
http://www.elquetzal.go2.jp/

スペイン語を勉強している長期旅行者が多いみたいです。
オーナーのタカさんが、すごくいい人。
文庫本をたくさん交換してもらいました。

夜はWBCのアメリカ戦!

皆で観戦しました。面白かったー。
【2009/03/22 00:13】 | 42か国目★グアテマラ(09.3/22〜3/23) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
民族衣装と温泉と
いま泊まっているタカハウスという宿は
とにかく周辺情報が豊富なのである。

それを見て、今日は月曜市をやっている
スニルという村に行ってみる事を決めた。

シェラの近くには原住民の村が多く
市場に行くと民族衣装を来た彼らを見ることができるらしいのだ。
2009032301.jpg
チキンバスに乗り込むと、いつのまにやら周りはカラフルな女性だらけ。
2009032302.jpg
20分ぐらいで村に到着。
バスを降りると川があり、反対側に市場があるようだ。
2009032305.jpg
川で洗濯する女性たち。

お目当ての市場は体育館のようなところでやっていた。
市場は小規模だったけど、集まる女性たちの姿は新鮮だった。

観光客の姿はなく、花が咲いたような、鳥が集まったような
色鮮やかな衣装をまとった女性でいっぱいだった。
よく見るとひとつの刺繍がかわいいんだよなー。
2009032309.jpg
それにしても、女性だらけだ。

思わず私も、派手なエプロンを買ってしまう。
日本で使うかなー。どうかなー。

さて、スニルに来たもうひとつの目的は
ーーーー温泉 なのである。

さっきの川にあった小屋もなんと温泉だったらしく、
2009032303.jpg
↑コレ

ちょっとのぞいてみたらおばちゃんたちが裸で入浴中であった。
2009032304.jpg
川沿いにもバーニョの看板多し。

だけど、村から離れたところに露天風呂の温泉があるということだったので
私たちはそっちをめざした。

教会前に泊まっていたピックアップトラックの運転手と交渉して
温泉まで連れて行ってもらう。

山を登っていくこと15分ぐらい。

到着したフェンテスヘオロヒナスという温泉は
これまで私たちが訪ねてきた温泉の中で
一番気持ちのよいところであった。
2009032310.jpg
山肌からしたたり落ちるお湯は熱々で、
これまで適温の温泉にあまり出会えなかったので嬉しいこときわまりない。

緑がかった湯船と、周りの木々の緑も気持ちいいし。
2009032306.jpg
人があまりいないのもよかった。

大満足で長居したのだけど、
せっかくなのでスニルの村からシェラにもどる間にある
温泉地にも寄ってみることにした。

その名も、ロスバーニョス。
2009032307.jpg
ここの温泉は個室温泉で、
結論からいうと、まぁ普通。

さっきの露天風呂がとってもよかったので感動はまったくなかった。
行く順番が逆だったなぁ。
2009032308.jpg
夜は、宿の人たちとシェア飯を食べつつ、
WBCの韓国戦で盛り上がる。すっごく楽しかった!
【2009/03/23 23:49】 | 42か国目★グアテマラ(09.3/22〜3/23) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
メキシコへ♪
朝、7時にバスターミナルへ向かった。
まだ寒い。
2009032401.jpg
今日はいよいよ、中米の最終地メキシコへと向かう。
ここシェラからチキンバスで一番近いメキシコ国境を目指す場合、
テクンウマンとカルメンと二箇所あるようだ。

私たちはシェラから直行バスのあるテクンウマンに向かうことにした。
テクンウマン行きは1時間に1本。
8時前には出発して、4時間後の到着を待った。

ところが2時間ほどのところでバスが止まり、後ろのドアから
テクンウマンテクンウマンと大きな声で呼び込むおじさんにせかされるままに
私たちもバスを降りる。

全員降りてしまった。どうしよう。
と思う間もなく、さらにおじさんは、私たちのバックパックをふたつ、
両肩にひょいひょいと担ぎ、急ぎ足で先に進んでいく。
私たちよりも小柄なのに、50キロ近い荷物を軽々と!

っていうか、私の荷物待ってよーっという感じで後を追いかけ
あれよあれよという間にミニバンにおしこめられる。
運転席となりの助手席に、私と相方の二人。ぎゅうぎゅうだ。

バックパックの1つを車の上に乗せていたのは確認したけど、
あとは見届ける余裕さえなかった。
とても心配だ。

30分ほど走ってテクンウマンに到着したらしい。
ミニバンの料金は徴収されず。いったいどういうこと?
グアテマラのチキンバス、本当に不思議。
よくわからないけどとりあえず荷物も無事だったしまぁいいか。

待ち構えていたシクロに乗って国境へ。

暑いなーこのあたりは。
だいぶ標高が下がったんだろうな。

出国窓口で、にこやかな表情で出国税にみせかけた賄賂をとられる。
というのも、ひとり10ケツと言ってたのに、
持ち金が12ケツしかないというとそれでいいから行きな
みたいな感じになったからである。

橋を渡ってメキシコへ。
税関で、フルーツなんかは持ってなかったけど、
コーヒー持ってるかと聞かれたときはちょっとドキッとした。
2009032402.jpg
メキシコ側の町はシウタなんとか。
たくさんの屋台、そしていい香り!メキシコか!

乗合バンでタパチュラへ向かう。
長距離バスの乗り場がわからずウロウロと歩き
ようやくたどり着くと、バス会社の近代的なカウンターが迎えてくれた。
おーメキシコすごいなー。ブラジルみたい。

14時すぎに出発するシティ行きがあったので、チケットを購入。
890ペソ。
2009032403.jpg
これから18時間かけてメキシコシティへと向かう。
【2009/03/24 14:27】 | 43か国目★メキシコ(09.3/24〜4/4) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
メヒコでタコス
昨日、タパチュラから乗り込んだバスは
冷房が効きすぎていて寒いぐらいだった。

朝の8時ぐらいにメキシコシティに到着。
立派なバスターミナルだ。

適当に朝ごはんを食べてメトロに乗り込む。
すごく整備されているのだけれど…この表示はいったい。
デザイン的過ぎて、こんなに見づらい地下鉄表示は初めてだ。
2009032505.jpg
乗り換えのときなんか、非常に分かりにくくて
だんだんこの丸っこいフォントにイラつきさえしてきた。

メキシコシティでの宿も、日本人宿。
●ペンションあみーご
トイレシャワー共同ダブル140ペソ(2泊目以降120ペソ)
キッチンや図書室もある。
食堂に張ってある巨大な富永マップ(手書きの驚くほど詳細なマップ)が壮観。

道ばたにたくさん屋台があったのでさっそくタコス!
2009032502.jpg
頼み方がよくわからないけど、中身を指差ししてオーダー。
おもしろいー!そしておいしい。安いし。

歩いていける所にウォルマートがあったので行ってみる。

マンゴーの試食をしてたので試したら、すごく甘くておいしい!
時期なのかなぁ。へばりついて、ずっと食べてるおじさんがいた。
キロ売りだけど2個買って60円ぐらいと激安だった。

ここで夕食の買い出し。
サボテンが大量に売ってたので、1枚だけ買ってみた。
どんな味がするんだろう。

その後、相方はバルガン邸を予約しに行った。
この家を見学するには事前予約が必要らしく、
メールでの予約だと返事がなかなか来ないとの情報だったので
直談判することにしたようだ。

私も見てみたいのだけど、わざわざ予約にふたりで行く事もないし、
夜行の移動で疲れたので部屋に戻ってマンガを読みながらゴロゴロ。

気がついたら夕方になっていて、
遅いなぁと思っていたら
…なんと相方は、見学して帰ってきた。
2009032501.jpg
どうやら、ちょうど見学予定のカップルがいて
ひとりだけまぎれさせてもらったようだ。
おそらく二人で行ってたらその日に見学はできなかっただろうな。
運のいい人だ。

私も見たかったなぁ。

夕食の肉野菜炒めにはさっき買ったサボテンも投入。メキシコらしい?
少し粘りとレモンみたいな酸味があって、アクセントになった。
【2009/03/25 00:59】 | 43か国目★メキシコ(09.3/24〜4/4) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ティオティワカンと国立人類学博物館
朝、北バスターミナルからティオティワカンへと向かう。
ちょうど3分後に出るバスに乗れてナイスタイミング。

1時間くらいで到着。
特にアナウンスらしきものはなかったけど、
観光客らしき外国人がみんなキョロキョロしながらここで降りた。

初めてのメキシコ遺跡である。ドキドキする!

入場料を払って中に入ると、
きちんと整備されており、それがなんとなく人工的な印象。
少し拍子抜け。
2009032601.jpg
太陽のピラミッド。かなり大きい。
急な階段をがんばって上った。

実は、メキシコシティは標高2000mを超す高地にあって
ティオティワカンも同じぐらいの標高のようだ。

だから、日差しは強く、空気は薄い。
階段を上るのも一仕事なのである。

2009032602.jpg
先に見えるのが月のピラミッド。
2009032604.jpg
月のピラミッドから下を見下ろす。
左にあるのがさっきの太陽のピラミッド。

それにしても大きな遺跡である。
ティオティワカンは紀元前2世紀頃に栄えた大都市らしい。

ピラミッドの上から眺めると、
だだっぴろい平原にかつての都市の残骸が広がっている様子がよくわかる。

なのに、これは自分自身の勉強不足も大きいけど
リアリティが湧かないのだった。



修学旅行か社会科見学か、地元の子供団体が多かった。
その子たちはだいたい、お土産なのか
売り子からそれぞれ買った弓矢とか石だとかいう記念品を手にしていた。

なんというか、貧しい国ではないんだなぁと思う。
2009032603.jpg
鳥やジャガーをモチーフにしたレリーフや壁画が
きれいに残っている場所もあった。

帰りのバスに乗る場所がわからず、ウロウロしてたら
大型バスが来たので手を上げて止めてみた。
合ってたようで、それに乗ってメキシコシティへ戻る。

その足で国立人類学博物館へ。
相方は、ティオティワカンの人口的な感じがよっぽど残念だったらしく
もうメキシコでは遺跡に行かない、などと言っている。

しかし私はまだまだ興味が尽きない。
というか、メキシコこれからでしょ?
相方は昨日バラガン邸を見ているけど、私はまだなにも観光していないし
ひとりで国立人類博物館へ行く事にしたのだった。

そしてすっごく楽しんだ!
スペイン語がわかったらもっと面白いんだろうに。
2009032606.jpg
ティオティワカンのケツアルコアトル神殿の実物大修復レプリカには鳥肌が立った。

こっちがさっき見てきた実物なのだけど、
遠くからだから小さくしか見えなかった部分だ。
階段の左にある段差の、下2段が上の写真と同じ場所。
こんなに色鮮やかで、そして大きかったんだなー。

ティオティワカンから出土した綺麗な黒い石が展示されていて、
昼間に遺跡にいた売り子がその石でできたペーパーナイフを売っていたのを思い出した。
買っておけば良かったなぁ。
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こんな絵なんかいつまででも見てられそう。
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マンガチックなのである。
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ガイコツが多いのもメキシコっぽい。
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アステカのカレンダー
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とにかく迫力あるんだよなー。
トルテカ文明のトゥーラの戦士像とか、
オルメカの巨大頭とか、でっかい石像もゴロゴロ。
今回行けないけど、ここで見られてよかった。
2009032609.jpg
あと、驚いたのが、これ。
なんと、スペイン人が入って来る前のメキシコシティなのだ。

奥の絵にあるように、かつては島だったらしい。
今のメキシコシティは周りの湖を埋め立てて広がったようだ。

ソカロのあたりにこんなピラミッド郡があったのか…と思うと
とっても不思議な感覚だ。
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とうもろこしの神様
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マヤの絵は本当に飽きない。
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細かいなー。
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ジャングルの中でこんなのに出くわしたらゾクゾクしちゃうだろうな。
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2階はメキシコ先住民の紹介フロア。
等身大の人形がリアルでちょっと怖かった。
【2009/03/26 13:19】 | 43か国目★メキシコ(09.3/24〜4/4) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ルチャリブレ!
本日はメキシコシティ観光。

まずはタコス屋台で腹ごなし。
総菜を選んで入れてもらう感じなので、
寿司に近いかもしれない。なんだか楽しいのだった。

宿のあるRevolucion駅からブラブラ歩いて
Juares駅の近くにあるシウタデラ市場を目指す。

市場といっても、売っている物はお土産ばかりだった。
いい感じのスプーンを購入。

さらに歩いてソカロを目指す。

町の中心地ともいえる広場のことを、
南米ではプラザアルマス、中米ではパルケセントロと言っていたけど
メキシコではソカロっていうんだなー。
同じスペイン語圏なのに違いが面白い。
2009032701.jpg
途中で中華街を発見。
でもあまりそそられる店はなかったのでスルー。

2009032702.jpg
ここがソカロ。すごい広場だなー。

そして、かつてはここにビラミットがあったのか、と思う。
その跡がテンプロマヨールにある。
2009032703.jpg
日差しが強いので、結構すぐ疲れてしまう。
高地だからっていうのも多少あるかもしれない。
ぶらぶらして、宿にもどる。

パスタを作ってから、夕方ルチャリブレをみに出陣!
曜日によっていくつか会場があり、今日はアレナメヒコでやってるらしい。
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身振り手振り、試行錯誤の末、なんとか窓口で
30ペソの安い席を購入。
安心して、時間まで会場の外に出ている露店を冷やかす。

アレナメヒコの隣のカフェではウエイターさんがマスクをかぶってたりもする。
2009032705.jpg
マスクの屋台がズラリ。

相方は最後までマスクを買うか迷っていたけど、
結局かわいいTシャツと、キーチェーン、マスク風のキャップを購入。

8時半近くなり、いざ入る段になると荷物検査でなんとカメラ没収!

持っていかなければよかったなー。
試合中も心配でしょうがなかった。
帰りにちゃんと返してもらえたけれども。

試合はといえば、安いチケットだけあって
かなり上の方の席だったけどなかなか楽しかった。
あまり人の入りはよくなかったけど、メキシコ人の家族連れとかが
楽しんでいる様子が見れてよかった。

2時間みっちり最後の試合まで堪能。
どうやらルチャリブレとは、スペイン語で「自由の戦い」という意味らしく
相方によるとマスクをかぶっているのが”いいもん”で
アステカやマヤのマスクを受け継いだ戦士、
マスクをかぶっていない野蛮なヒールはスペイン人ということらしい。

そういうことだったのか…。

帰りに、お腹がすいたのでまた屋台のタコス。
コンビニの前に屋台が並んでいるところなんか、タイを思い出すなぁ。
2009032706.jpg
そうそうコンビニっていえば、やたらと目につくOXXO。
なんと読むのか分からず「まるばつばつまる」と呼んでいたのだけど
「オクソ」と読むらしい。メキシコのコンビ二チェーンだ。

そのオクソで気になるのが、カップラーメンコーナー。
2009032504.jpg
お湯を買えば、その場で作ることができる。
実は、グアテマラあたりから、道ばたでカップラーメンをすする人を
よく見ていたのだけれど、メキシコではさらにその頻度が高くなった。

食べてみたらライムとチリが効いてて、けっこうおいしい。
とはいえ、なんだか微妙な心境である…。
【2009/03/27 14:53】 | 43か国目★メキシコ(09.3/24〜4/4) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
チョコレート屋さんに泊まる夢
朝8時半ごろ、メキシコシティのバスターミナルで
ADO社の9時発オアハカ行きチケットを購入した。388ペソ。

出発前には、バスに警備の制服を着た女性が乗り込んできて、
ビデオカメラで座席に座るひとりひとりを撮り始めた。
セキュリティーのためと思われる。

オアハカまでは5時間。
どちらかというと、グアテマラに近くなるので戻っている感じがする。
途中で、サボテンが見えたりした。

2時ごろにバスターミナルに到着。
よくわからないまま、バスで中心地付近まで行き、
適当に宿を決めて散策。
2009032801.jpg
とりあえずソカロに向かう。

すると、やけにチョコレート屋が多いことに気がつく。

し、し、しまった!
すっかり忘れていた!!

メキシコ、っていうか、ここオアハカはチョコレートの発祥地ともいわれていて
チョコレート屋さんがたくさんあり、さらに
中にはホテルになっているチョコレート屋さんもあるらしいのだ!
というのを事前にリサーチしていたのだった!

オアハカに来た目的はといえば、チョコレートの宿に泊まる事だったのに!
2009032802.jpg
とりあえず、チョコシェークを飲む。うまい~。
2009032803.jpg
そして見つけた。たぶん、ここが泊まろうと思ってたホテルだ。
2009032804.jpg
あ~~~悔しすぎる!
オアハカには1泊しかしないのだ。もう宿代払っちゃったし。

どっちかっていうと、忘れていた私に対して相方が怒っているのが痛い。
非常に機嫌が悪いのだ。ごめんなさい。

確かに私は、オアハカまで来て
モンテアルバンにもバレンケにも行けないのかーと
遺跡のことばかり考えていたので、チョコレートのことをすっかり忘れていたのだった。

気を取り直して、市場へ。
かなり大きくて、おもしろそう。
2009032805.jpg
焼き肉の店が並んでいたけれど、チョコレート料理を食べなければ!

そうです。オアハカでは、チョコを使ったモーレソースの料理が有名らしい。
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黒いモーレソースがかかったチキン。
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茶色いモーレソースがかかったチキン。

お味は…うーん、、、
やっぱりチョコは甘い方がおいしいみたい!
【2009/03/28 15:48】 | 43か国目★メキシコ(09.3/24〜4/4) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
移動日。メリダへ
チョコレートホテルで泊まる
という目的をすっかり忘れていたため
不完全燃焼となったオアハカ。
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チョコレート屋で、モーレソースを大量買いしているメキシコ人がいた。

そうかーここでは普通の食材なんだなー。

昨日食べた料理があまりおいしくなかったのは、
市場の中の安食堂だったからかもしれない。

もうちょっと良いレストランに行ったら、
めくるめくチョコレートの新感覚が味わえたのかもしれない。

そういった意味でも、一回一回の食事がギャンブルなのだ!
2009032902.jpg
朝のホットチョコレート。

昨日の午後にこちらに来たのだけれど、
もう今日、朝11時半のバスで出発する。

目的地はメリダへ。
久々に、21時間の長旅である。ふう。
【2009/03/29 16:18】 | 43か国目★メキシコ(09.3/24〜4/4) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ウシュマル遺跡
オアハカから21時間の夜行(というか終日)移動で
たどりついたメリダは、ユカタン州の州都である。

バスターミナルからソカロを目指しテクテクと歩く。
碁盤目状の道はとても分かりやすく番地がふられているのだけれど
石畳なのでキャリーがガタガタと持ち運びづらい。

とりあえず、ソカロ近くの食堂で腹ごなし。
2009033001.jpg
衝撃の、バナナごはんが登場した。
暖かくて甘いバナナがご飯に乗っているのだった…。

宿にチェックインすると、
相方はメリダ散策、私はウシュマル遺跡と別行動。

さっき到着した長距離バスターミナルの隣に近距離バスターミナルがあって、
そこで12時発のウシュマル行きチケットを購入。
SUR社で41ペソ。

1時間ぐらいでウシュマルに到着。
ここはマヤの遺跡である。
2009033002.jpg
いきなり、この見事なピラミッドに感動。
きれいな曲線美である。
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ピラミッドの隣の広場へ。
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彫刻がすごい。
2009033004.jpg
いたるところに、雨の神様チャックがいっぱい。
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この幾何学模様がユカタン半島の様式らしい。
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丘を登ったところから。
正面が球技場で、その奥がさっきの広場。
2009033010.jpg
丘の上にある宮殿。三角の切り込みが特徴的だなぁ。
2009033011.jpg
これも壁面の模様がすごい。
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イグアナ?がたくさんいた。奥に見えるのがグランピラミッド。
2009033012.jpg
グランピラミッドの上から、鳩の家と呼ばれる建物の壁を見下ろす。
一面ジャングルだ。

あまり人がいないから、のーんびり世界に浸る事ができた。
素晴らしかった!相方にも見せてあげたかったなー。

帰りは国道に出て、炎天下の中1時間ほどバスをまった。

夜、ソカロの前でイベントがあって民族舞踊を踊っていた。
【2009/03/30 16:55】 | 43か国目★メキシコ(09.3/24〜4/4) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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