はじめに
20代にできなかった世界旅行を、30歳で彼氏と一緒に!と
2008年2月29日に出発した世界一周旅行。
旅行日数のべ425日、2009年4月29日に帰国いたしました!
最終地のハワイで彼氏は旦那となり…
準備期間から旅行中のあれこれ、事後報告など右のカテゴリ別にご覧ください☆
 
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カシュガルで1日中寝る。
今日はほとんどを宿で寝て過ごした。

昼間は外に出ると暑いけれども、木陰にはいればきもちいい。

びっくりすることに、ホテルの門のすぐ外に
紅葉した椛の木が数本植えられてたのだが、
最初に見た時からカサカサした質感が気になっていた。

さわってみると、なんと造花だったのだ。
地面から生えている太い幹をたたいてみると、
カツカツと変な音がし、枝はプラスチックだ。
中国らしいというのか、なんというか。。。

2008070101.jpg

ニョッキみたいでモッチリおいしかった麺料理。
ウイグル料理も、結構味がワンパターンだ。


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【2008/07/01 23:43】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
カシュガルちっとも観光できず。
今日はリンパのはれもひいてきたので、
ご飯を食べるついでに
ホテルの周りを少しだけ散策。

カシュガルでは、食堂がウイグル料理屋ばかりで
中華料理屋がすでに少なく、
出されるお茶も、ハーブティみたいな独特の味がする。
2008070202.jpg

ちょっと路地にそれると迷路のような入り組んだ道になっていて、
日陰の下で子供たちが遊んでいた。

目が合うとハロー!写真撮ってよ!
という感じで寄ってくる。外国人はめずらしいのかな。
撮った写真を見せるとひとしきりはしゃいで満足する。
東南アジアの観光地では、
写真とって!そしてお金チョーダイ、と
言ってくる子供たちがいたけれど、
それとは違って純粋でかわいらしい。

ただし、ちょっと立ち止まると次々に集まってくるので
きりがないのだけれど…。
2008070201.jpg

羊をさばく男の子
2008070102.jpg

風邪は、中国の薬のおかげかずいぶんラクになった。
最初は飲むとすぐに効き目があり、
4~5時間経つと明らかにきれるので
ちょっと怖いぐらいだったけど結果オーライ。


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【2008/07/02 23:53】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
さらば中国、そして中央アジアへ突入。
カシュガルの国際バスターミナルからはパキスタンへもバスがでているが、
私たちはここからキリギスのオシュまで向かう。

北京時間の朝10時に出発ということで、30分ぐらい前には待機していたけど
バスはちっとも出発する気配がなく、
1時間ほど待ってようやく出発。
2008070305.jpg
キリギスのナンバープレートが付いたオンボロ寝台バスは
空調があるわけでもなく、自分のスペースも狭く、暑苦しい。
2008070303.jpg
しばらく走って、小さな村で小休止した。
ふと時計を見ると、14時半。そうか、ウイグル時間で正午過ぎだ。
キルギスは中国と2時間の時差があるのでウイグル時間と一緒のはず。
そして時計を2時間まき戻す。久しぶりの時差変更だ。

同乗したウズベク人のおばさんがトイレに行ったっぽかったのでついて行ったら
彼女は誰かの家の裏でしゃがみこんで用をたしていた。
しょうがないので私たちもそのあたりでコソコソと用事をした。

再出発したバスは15時ごろには国境に到着。
国境エリアに入るのにまずパスポートチェックがあり、
相方の番になると軍服を着た係員が「こいつ日本人だぜ」とつぶやいた。
でもそれだけ。
2008070301.jpg
すがすがしい空気の中で、眼前には大きな山がそびえていて気持ちいい。
トルファンで見た山脈よりもこっちの山の方がよっぽど立派だ。

チェックを終えるとまたバスに乗り込み出国審査の建物へ向かう。
入り口では妙にじっくりパスポートと出国カードをチェックしている。

荷物のx線チェックでは個別チェックにひっかかった。
「本とマップを出して」と、無表情の係員が言うので
ガイドブックやら小説やら、世界地図を出すと
不自然なほど時間をかけてゆっくりそれらを眺め、
次は「カメラ出して」と言う。
どうやら何を撮ったか見たいらしい。
彼は私たちの思い出フォトをじっくり全部見てから
満足して英語で「サンキュー」と言った。

その後2人の係員がまた同じようにパスポートをじっくりチェックしてから
ようやく出国検査。

車両チェックに時間がかかったバスもようやくやってきて、
バスに乗り込む。その後も軍服をきた係員が2度ほどバスに乗り込み
念入りにチェック。キリギスとはよっぽど仲が悪いのかなと思う。

前回、中国からバスでハノイに入ったときはもっとゆるいチェックだったのに。

しばらくバスで走ってキリギス領へ。
入国審査は掘建て小屋みたいなところで
中国との格差を実感する。

パスポートチェックの後に、外国人リストの記入みたいなものがあり、
そこでの係員はとてもフレンドリー。
中国とのギャップが激しすぎる。

彼は、「クルグスタンは初めて?」と英語で聞いてきた。
一瞬、え?と思ったけど、イエスと答えた。

この国はキリギス共和国という国名だけれど、
国内の人はクルグスタン、と呼んでいるのかもしれない。

以前なにかの本で、旧ソ連崩壊語に独立した中央アジアの
ウズベキスタン、カザフスタンなど~スタンと付く国々は、
現在ではタジキスタン以外はトルコ系の民族が住んでいるけれども、
かつてモンゴル帝国の進入以前はペルシャ系の王国があったところだ
と、読んだことがある気がする。
キルギスもそうなのだろう。

バスの窓の外には草原が広がり、山々が連なり、ピンク色の川が流れ
本当に素晴らしい風景が広がっている。

ところが、キルギスに入ってからの道がかなり悪い。
未舗装道路なので、小刻みの揺れが頭に響く。

しばらくすると、ゲルが見えてきた。
遊牧民が暮らしているのだろう。
2008070302.jpg
雪をかぶった山々も連なっている。

私たちはモンゴルで、あまり奥地に行くことができなかったけれど
キルギスでこんな素晴らしい景色が見れて最高だ。

バスはあるゲルの前で泊まった。
車内のみんなは、どこかワサワサしている。
どうやら、空のペットボトルを取り出して
なにか白い飲み物を遊牧民から買っているようだ。

ミルクかヨーグルトかな、そんなにおいしいのかな、
と思ったけれど、バスだしお腹が調子悪くなるのを心配して手をださなかった。
みんなはもてるだけのペットボトルを白い飲み物で満たして
ウハウハした感じの顔で戻ってきた。

すると、バスの運転手が「飲んでみなよ」といった感じで
一本のペットボトルを渡してくれたのだ。

一口飲んでみると、
スモークチーズと酸味の強いヨーグルトドリンクを一緒に口に含んで
そこにアルコールを加えたような味がした。
これが馬乳酒、つまり馬のミルクだった。
2008070304.jpg
ヘッドライトの明かりだけで
悪路をゆっくりと進むバスの中で眠りに付いた。

夕暮れごろ、イスラム帽をかぶっていた3人組が
バスの中で夕日にむかって礼拝をしていたのが印象的だった。


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【2008/07/03 17:08】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ここがキルギスかぁ。
朝の6時前にオシュに到着。
バスに乗り合わせた西欧人カップルと、日本人の男性と
5人でタクシーをシェアしてセンターへ向かう。

早朝の人気のないバザールを歩き、
ガイドブックに乗っていたバザール内のゲストハウスに到着。
宿の人を叩き起して入れてもらう。
ロシア系の太った怖そうな顔をしたおばさんが出てきた。

疲れていたのでチェックイン。

しばし休んでからバザールへと出てみると
活気に満ちあふれていた。
2008070401.jpg

小上りの座敷席のようなものがあるチャイハナで、
チャイとナンなどを食べる。

2008070402.jpg
このおじさんがかぶっている背の高い帽子がキリギス帽で、
お年寄りの男性がかぶっているのを結構見かけた。

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【2008/07/04 17:19】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
オシュもう1日
中央アジアはウズベキスタンへぜひ行って見たいと思っていたものの、
キルギスはちょっと抜けるだけ、という気持ちでいた。

ここオシュは、キルギスの第二の都市で
ウズベキスタンとの国境にも近い。

そのためキルギス人とウズベク人が同じような比率で暮らしているらしい。

だから、このままオシュからウズベクへ行けるといいのだけど
残念なことに、私たちはウズベクのビザを持っていない。

ビザを取るには首都のビシュケクへ行かなくてはならないのだ。

それなのに、オシュとビシュケクをダイレクトに結ぶ
公共交通機関がない、というのはどういうことでしょうか。

飛行機も国内線だったら安いかなと探してみたのだけど、
所要1時間で2500ソム(約7500円)ぐらいする。
乗り合いタクシーだと11時間かかるが、1000ソム(約3000円)かからないようなので
ビシュケクまでそれで行くことにした。

といっても私たちは昨日カシュガルから到着したばかり。
連続で長距離移動はつらいため
今日はオシュでゆっくりすることにした。

朝起きて、トイレで用を足していたら、
怖い顔をした宿のおばちゃんがバタンとドアを開けて入ってきて、
「トデイ、オシュ、トデイ、オシュ」と私に向かって何か言っている。

ここのトイレはバスルームとつながっているため鍵がかけられず、
誰かが便器に座っている時にドアを開けると
用を足している人の顔だけが見えるような仕切りが付けられている。

それでも、用を足している時に
顔を見られながら話をすることに慣れていない私はすっかり動転してしまい、
心の中で「おばちゃん、はよ出て行って!」と叫びながら
「ノー!ノー!」ととっさに口をついてきたのだった。

しばらくして、あれは今日も泊まるのか?と聞いていたのだなと思いつき
スッキリした後に、もう1泊よろしくどうぞ、と言いに行ったのだった。

今日はこれといって特にすることがないのでバザールや街をウロウロする。
バザールで買った歯磨き粉はパキスタン製だった。
トイレットペーパーはロシアかな?

もくもくと煙を出して焼かれているシャシリクという串焼きがおいしい。
羊肉のレバーも意外といけた。

街中にはジュースの販売機があり、それを注いでくれる人がいるのがおもしろい。
味はちょっと微妙なんだけれども。

暇なので宿で洗濯して部屋で干していたら
宿のおばちゃんが「外に干すところあるよ」と手振りで教えてくれた。
もしかしたらいい人なかのかもと思った瞬間。

中央アジアは涼しいのかと勝手に思っていたけれど、
いまオシュはとても暑く、
ファンのない部屋でうだるような熱帯夜を過ごした。


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【2008/07/05 19:40】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビシュケクまで乗り合いタクシーで10時間

朝の7時に宿をチェックアウトし
乗合いタクシーがたむろしている場所へと向かう。

客引きがいっぱいいるので、ビシュケク行きの運転手を探していると
何人かが声を掛けてきて料金交渉をしてきた。

わたしたちはひとり800ソムで承諾し、
ニッサンのワゴン車に乗り込んだ。

車の助手席にはすでに女性が乗っていて
後部座席には6人分の座席が空いている。
私たちを除くとあと4人乗り込まないと出発しないようだ。

1時間ちょい待って、ようやく車が満杯に。、
水野忠雄をかなりヤクザな感じにしたような運転手率いる
キツキツのワゴン車は激しく出発したのだった。

うねうねと曲がりくねる峠を越えたり、
ひまわり畑の黄色い絨毯が広がる平地を走り抜けたり、
青い水を抱いたダムを視界にとらえたり、
遊牧民の暮すユルタの点在する草原を走ったりと
映画のシーンのように変化する美しい風景を見ながら
ヤクザ風水野忠雄はビュンビュンと前の車を抜かしつつ爆走する。

途中で馬乳酒の看板をかかげた遊牧民の簡易住宅ユルタがあり、
またしても同乗の現地人たちがワッセワッセと元気になりだした。
彼らは本当にこのお酒が好きなんだな。

ビシュケクに着いたのは10時間後の午後7時ごろ。

日本人経営のゲストハウスに行くと、
ちょうど2人分のベッドが空いていたようでドミトリーにチェックイン。

あっという間の10時間、とは言えないけれども
とにかく景色が素晴らしく、
終わってみればそれなりにスムーズな移動だったような気もする。
いや、でも疲れたな、やっぱり。



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【2008/07/06 19:44】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
相方と喧嘩した
昨日泊まった日本人宿はなんとなく落ち着けなかったので、
インターネットもあるという東バスターミナル裏の
ゲストハウスnomad'sに移動することにした。

朝から相方とは、これまでたまっていた不満の言い合いになり
険悪な雰囲気で新しい宿にチェックイン。
ドミトリーでいろいろ話し合った。
こんなときに限ってドミトリーだ。
仲直りしたけど、疲れた。

移った宿はなかなか居心地がよい。
しかし、インターネットはできなかった。
ガイドブックには朝食付きとあったが、付いてない。
でもまぁ、しょうがないか、と思わせるのは、ここが中央アジアだからか。

宿の人にたのんで、ウズベキスタンのビザ申請の予約電話を入れてもらう。

どうやらここから陸路でウズベクへ行くには、カザフスタンを通る必要があり、
そのためにカザフのビザもとらなくてはならないようだ。

それが面倒くさいので、飛行機でウズベキスタンのタシケントに飛ぼうかとも考えたが、
ビシュケクにあるウズベキスタン航空に行くと
タシケントまで200ドル程度とのことだった。

しかも、日本からタシケントに飛ぶ場合には、
ウズベキスタンの国内線が1往復おまけで付いてくるのに、
ビシュケクから飛ぶとそれはないらしい。
おトク度が低いので、飛行機で行くのはやめた。

どうやらビザ取得のため、ビシュケクには長居することになりそうだ…。
2008070701.jpg
関係ないけど、ビシュケクの電動バス。

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【2008/07/07 19:47】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
怒・悔・悲 カメラすられた!
この記事を書いているのは事件から1週間後なのだけど
それぐらい間を空けないと書けないぐらい悔しく、情けないことに
スリにカモられてしまいました。

今日は午前中、昨日予約していたウズベキスタン大使館へビザの申請に行ったのだけど
その場は申請書をもらうだけで終わり、
午後にもう一度申請のために大使館へ行くことになった。

その間に時間があったので、ちょっとオシュバザールに行ってみたのだった。
2008070801.jpg
ここは夜になると治安が悪い場所とも聞いていたし、
人の多いバザールなのでしっかりポーチは前にホールドしていた。

だけど、ここから乗った混雑したマルシェルートカ(乗り合いタクシー)が
想定していたルートから外れたため、
地図を見ながら現在地を確認するのに気をとられてしまった。

その際にカメラの入っていたポーチが体の後ろ側に行ってしまったようで、
なにか押し付けられている感じがすると思った瞬間、
ポーチを手で押さえるとファスナーが空いていてカメラがなくなっていた。

とっさのことで、日本語しか口から出てこなかったけど
すぐに振り返り、私の後ろにいた人に
「ちょっとー!!私のカメラ!カメラ!」とかなんとか騒ぎ、
異変に気づいた相方は、周りの乗客にカメラが盗まれたことを英語で伝えた。
すると、一人の男がそそくさとバスを降りてしまい、
乗客はみんな、犯人はあいつだ、と指を指すので
バスを止めると、私の後ろにいた男も降りるようだったので
私たちもそこで降りた。

私は最初に降りた男よりも、後ろにいた彼が怪しいと思っていたのだけど、
カメラを隠すようなかばんを持っていなかったし、確信がない。

相方は、彼を逃がさないようずっと話しかけ
警察に行きたいから付いてきて欲しいとも言ったけど
結局断られ、荷物を見せろとも言えずに彼が去るのを見送った。
バスももう遠くに行ってしまったし、なすすべがなくなってしまった。

とりあえず、ウズベキスタン大使館に行ってビザを申請し、
宿の人に、警察に電話してもらおうと思って宿に戻った。

だけども宿に戻ると、町で起こった警察沙汰にはタッチしたくないようで、
なにもできないと言われてしまった。

まぁ仕方ない。そんなもんかも。
明日、日本大使館に行ってみることにする。

とにかく、こんなときのために保険に入っているのである。
保険金を請求するためには、警察に行って、
証明書を書いてもらわないといけない。


はぁ。盗まれたカメラはこの間、
一時帰国したときに買ったばかりのリコーGX100。
ショックは大きいけれども、カモられた自分のまぬけさに腹が立つ。
なにより、盗んだキルギス人がむかつく。非常に悔しい。

町を歩くキルギス人の顔がすべて悪人顔に見えてくる。。。


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【2008/07/08 19:49】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビシュケクで日本大使館に泣きつく
昨日スリにあってしまった私たちは、
午前中、日本大使館へと向かった。

なんだか緊張するし、恥ずかしい。

事件の経緯を領事さんに説明すると、
マルシェルートカはスリが多いんですよ、とのこと。
グループの犯行が横行していて、運転手がグルの場合もあるのだとか。
捕ったらパスリレーでほかの人に渡していくので犯人が見つかりにくいのだという。

ふー。もっともっともっと気をつけなくてはいけなかったのだ。

どうやら2ヶ月前にも、日本人が車内で現金やTC、カードなどをスられたらしく、
領事さんの対応は手馴れていた。

私たちは、現金などの貴重品ではなく
カメラだったからまだよかったと自分にいいきかせる。
大事なカメラだったんだけどな…。

領事さんは、ロシア語の分からない日本人がいきなり警察に行っても、
1日中待たされたり、下手すると数日かかりますよ、と。
さらに、アポをとって、わざわざ一緒に警察まで行ってくれるという。

めちゃめちゃ心強い。
こうして明日警察に行くことになった。
2008070901.jpg
これが乗り合いタクシーのマルシェルートカ。
混雑時には人でパンパンになる。

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【2008/07/09 14:37】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
カザフスタン大使館でイライライライラ
朝、日本大使館から宿に電話があり
警察には今日ではなく明日行くことになったと連絡があった。

なので今日は、朝一でカザフ大使館へビザ申請をしに行くことに。
9時きっかりに現地入りすると、すでに25人ほどが門の前にたむろしていた。

9時半すぎに扉が開くと、みながワッと扉の前におしよせる。
私たちも、中国人ばりに前へ前へと進んでみた。

しかし、どうやら暗黙の順番があるらしく、
前へ進んでもなかなか中に入れてくれない。
英語が通じないガードマンには感じ悪く押し出されたりする。

うーん、なんだなんだこれは、と思っていると、
英語ができるひとりのおじさんに
「君たちの順番は、君たちより前にきた人が全部入ってからだ」と言われる。

順番なんて分からないし、私たちの後から来た人も入っているのに…と
相方が返事すると、
「来たときにあらかじめ最後尾が誰なのか聞かなきゃいけないんだ。
そうだ、これはクレイジーシステムなんだよ。ははは。」
と彼は肩をすくめた。

そうですか…。

無表情のガードマンは、私たち(日本人)が入るのは
現地人がすべて入ってからだと決め付けているようで、、
明らかに私たちの後にきた人が中に入っていき、
それを主張しても入れてくれない。

とりあえずは、申請書が欲しいだけなのだ。
どうせ書くのに時間かかるんだし
紙切れ一枚ぐらい、パッとくれればいいのに!

1時間ぐらいおしくらまんじゅうする人ごみの中で待ちながら
ひたすら現地人らしき人たちが中に入っていくのを眺める。
せめて、列を作って並んでくれればいいものを!

そうしてやっと中に入れたと思ったら、
パスポートのコピーと引き換えに申請書を渡され
「これ書いて月曜に持ってきて」と言われてしまう。

ふー。今日は木曜日。
月曜まであと4日もあるではないか。

そして月曜に申請しても、3営業日後の受け取りと仮定すると
ビザが手に入るのは来週の金曜(水曜が休みなのだ、この大使館は)。

しかも、不都合なことにカザフスタンのビザ申請はパスポートをホールドされてしまう。

だから、せっかくウズベキスタンのビザ引取りが来週の火曜だったけど
パスポートが手元にないので受け取ることができない。

カザフビザの受け取り後にウズベキスタンビザを受け取りにいくとすると、
ウズベク大使館は月曜休みなので、
再来週の火曜にならないと受け取れないことになる。

あー!もう、面倒くさい!!

しかも、これは机上の空論で、そううまくいくかどうかが分からないのが
中央アジアということらしい。

そういえば宿には、ビザ待ちのため2週間ほどビシュケクを出れない
暇そうな旅行人がうじゃうじゃいて、いろいろ情報交換をしていた。

そうかそうか、これがそういうことか。

私たちはまだ2カ国のビザ申請だけだけど、
ここでイランやトルクメなどのビザもあわせて取るつもりの人は
かなり長居する必要があるようだ。

ちゃんととれるか心配だなぁ…。
2008071001.jpg
キルギスの国旗にも書かれているユルタの窓
(遊牧民の簡易住宅の明り取り窓)を掲げた自由の女神像


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【2008/07/10 14:45】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
キルギスの警察副所長は非常にラフな感じだった
昨日、一緒にカザフスタン大使館にいった日本人の男の子は
月曜まで待てないので試しに申請いってきます!と、今朝出て行った。

私たちは今日、警察に行くというミッションがあるため日本大使館へ行かなくてはならない。
そして、領事さんと日本語堪能のキルギス人スタッフさんと一緒に
管轄の警察署へと向かった。

副所長にアポが入っていると聞いていたのに、
通された個室に座っていたのは、
Tシャツにジーパン姿の見るからに30代の若い男性だった。

その副所長さんは、領事さんたちと簡単な世間話をしただけで握手をして別れた。
次は別室で、婦警さんに証明書の請求書を書いてもらう。
もちろんロシア語だ。
これは確かに、通訳なしでは不可能な手続きである。

昼をまたいで証明書が完成し、
その足で大使館へ戻ると、ロシア語の証明書を和訳した書類を作ってくれた。

本当に、日本大使館にはいろいろ面倒かけてしまったけれど
親身になって助けてもらってものすごく助かった。

後は、日本にいる親に協力してもらえば、保険がおりるはず。
そうしたら、デリーあたりで新しいカメラを買おうと思う。

さて、この辺でなんとか沈んだ気分を変えたいし、
大使館巡りやビザ待ちでイライラさせられるのももう嫌なので
バックパックを宿に預け、ちょっと郊外へ旅行することにした。
2008071101.jpg
ここは旧ソ連なんだなぁと思わせる、レーニンの像。

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【2008/07/11 14:56】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
イシククル湖とチョルポンアタ
昨日は西バスターミナルからマルシェルートカに乗って
4時間でイシククルの湖畔の町チョルポンアタに着いた。

車は途中から青いイシククル湖を横目に走り、
湖の背景には夕日でピンク色に染まった雪山が連なり
それはそれは美しい景色が楽しめた。

ビシュケクではいろいろと物騒な話を聞いていたので
できれば明るいうちに到着したかったのだけれど
街に着いたときにはすっかり日が暮れてしまっていた。

まぁでも、バスターミナルの前には客引きがいたし、
バス道路には店が集まっており、
ちょっと歩けば宿が集まる路地があったので安心した。

湖へと続く路地には、ガイドブックであらかじめ予習していた
「空き部屋あり」というロシア語が書かれた家がたくさん並んでいる。
2008071201.jpg
↑これ

なので、いくつか除いてみて、その中のひとつに泊まることに。
1ベッド200ソム×ふたり分。
ドミトリーだったけど、ほかに人がいなかったので個室状態だった。

ここは標高1600メートルのところにある町だけあって
夜はビシュケクよりもずっと冷え込む。

朝、こんなに寒くて湖で泳げるのかなと思いながら、
水着を着て湖畔まで歩いて行ってみる。

イシククル湖は、三蔵法師として知られる玄奨さんも
インドの行き帰りに寄ったといわれる大きなで、
ほんの20年ほど前まで外国人が立ち入り禁止のエリアだったそうだ。

今はちょうど夏場のため、ビーチは湖水浴をしている人たちで大変賑わっていた。

南側には中国から続く天山山脈が連なり、
雪をかぶった山々を背景に濃い青色の湖が広がる様はとても美しい!
天山の真珠と呼ばれているのもうなずける。

やったービーチだー!!と駆け寄り足を入れると
めちゃめちゃ冷たいではないか!!!

氷水に足をつけているような、尋常ではない冷たさなのだ。

しょうがないので、ビーチに寝転がって日光浴をする。

見ていると、皮下脂肪の多そうなロシア系中年おばさま、おじさま、
そして子供たちは結構水に入って気持ちよさそうにしているのだけど
本当に寒くないのだろうか?

正午近くなり、気温が高くなってきたので
再度、入水にチャレンジ。
それにしても、湖水はため息がでるぐらい透き通っている。

ところが、ひざ下まで水に入ったものの、冷たくて動くことができない。
2分ぐらいかけて、どうにかモモの辺りまで沈んでみる。

でも冷たくてもう動けない。

気合を入れて、勇気を出してドボン!と頭から飛び込んでみた。
やっぱり寒い!

体を動かせば凍え死にはしないだろうと考え、ひたすら泳いでみた。

すると、あっという間に足の立たない深みとなった。
水の色は、波打ち際の透明なブルーから、濃く深い青色へと変わっている。
こんな色は、ダイビングしているときぐらいにしか見たことがないかも。

いつの間にか、低すぎる水温も気にならなくなり
なんだかとても爽快な気分!

海水じゃないからベタベタしないのもいい。
水はちょっとしょっぱい気がしたけど。

とはいえ、外に出ると体が冷え冷えになっている。

宿に戻ってランチを食べ、
マルシェルートカで湖の東側に位置するカラコルへと移動することにした。

3時間かからずにカラコルに到着。
雪をかぶった山が間近に迫り、何もなさそうな町である。

木造のロシア正教会。


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【2008/07/12 15:19】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
黄金の温泉アルティンアラシャンへ
昨日はヤクトゥルという宿に宿泊し、結構気持ちよく過ごしたのだけど
朝になって、行き違いなのか分からないけど
あまり気分のよくない出来事があり
スッキリしない気持ちのまま宿を出た。

バザールへと向かい、ランチ用のナンと水を買い込み
揚げたてのピロシキを朝食にする。
今日はこれから、温泉を目指してトレッキングする予定なのだ。

バザールのそばにマルシェルートカが止まっており、
運転手らしきおじさんにアルティンアラシャンまで行きたいと言うと、
乗るべき車を教えてくれた。

アルティンアラシャンというのは、キルギス語で
黄金の温泉という意味らしく、私たちが目指す温泉地である。

30~40分ほど他に乗る客を待ってから車が出発。
30分ほど走った田舎道で、運転手がここだよと教えてくれた。

側道にはアルティン川の概要を記した表札があり、
アルティンアラシャンまでの道も書いてあったので
念のためデジカメに撮っておく。

川沿いに進めば迷わず行けると聞いていたし、
私たちはこれといって特に地図を持っていなかったのだ。

情報によると、ここから温泉までは6時間歩き続けなくてはならない。
現在の時刻は、9時40分。

少し歩くと、道は白く泡立つアルティン川のすぐ脇に続いており、
緑色の山、小鳥の声、ところどころに咲く高山植物の花々が目を楽しませてくれる。

最初は快調に歩が進み、
ヨールデヒッヒッヒーといったヨーデル風や
おしーえておじいっさん、といったハイジ風の鼻歌が自然と出てる、そんな場所だ。

馬に乗った少年などともすれ違った。
アルティンアラシャンには馬で行くこともできるらしいのだが、
実際に行った人の話を聞くと所要時間が5時間程度だったという。
モンゴルで1時間馬に乗っただけでおしりの皮がむけてしまった私としては
歩くより辛そうだったのでやめたのだった。

途中で牛たちが水溜りで水を飲んでいるのをみかけると
相方は自分のペットボトルの水を手のひらにためて牛の口に運び
ザラザラした牛タンの感触を楽しんだりもしていた。

1時間後に木陰でしばし休憩し、
ぴったり12時に30分のランチタイムを設けた。
ちょうどこのころに上り坂があり、かなり疲れを感じていた。

だけど歩き始めに撮った地図をデジカメの液晶で見てみると
どうやらもう半分はきているらしい。少し元気になる。

ランチタイムから1時間経ってまた休憩すると、
その後はほとんど砂利道の上り坂になり、
ちょっと歩いては休憩し、また歩いては休憩しの繰り返し。

丘を登りきると、眼前に村のような集落が広がっていた。

どうやらここがアルティンアラシャンっぽい!

時刻は14時15分。4時間半で到着したことになる。
結構早かったな。

へとへとになってたどり着いたものの、
温泉があるような雰囲気ではなく、
到着した感動よりも、ここが本当に目的地なのか、
そして本当に宿はあるのか、宿泊できるのか、
などと不安があまたをもたけてきた。

一番最初に、昨日宿泊したヤクトゥルの営業している
ヤクホテルあったけれど、ここには泊まる気がしなかったのでスルー。

次にあった宿をたずねてみると、満室とのこと。

ちょっと途方にくれ、疲れた私が芝生の上で座り込んでいる間に
相方が周りの宿を偵察してきた。

それによると、川の向こうに見える小さな丸太小屋も宿で
部屋も空いているし料金も安いとのこと。

今日はそこに泊まることにした。

宿泊費は1ベッド100ソム×ふたり
温泉料が100ソム×ふたり
夕食と朝食が100ソム×ふたり
という料金を何度も確認し、メモに書いて見せた。

これまでキルギスでは、お金関係で
あまりスッキリしない気分になったことが多かったので念のため。

部屋に到着するなり、小屋の外に置かれたオーブンで作ったプロフの夕食が運ばれてきた。
まだ午後の3時である。

とりあえず、あたたかいプロフとサラダ、ミルク入りチャイの夕食を食べる。

その後、おまちかねの温泉タイムである。

宿の人に鍵を借りて、川向いの掘っ立て小屋に向かう。
ここが温泉なのだ。

川の向こうが宿の丸太小屋。

コンクリートの四角い浴槽には青みがかった色のお湯がなみなみとそそがれており
硫黄の香りもほんのりとする。
あたたかいお湯につかって次第に体がほぐれてくると、
草津温泉の公共温泉につかっているような気がしてくる。

お風呂から出ると、とくにすることもなく
宿の子供とちょっと遊んだりしてから就寝。

水が飲みたくなったので、どこか買えるところがないか聞くと
湧き水の出ている場所を指差された。

しかたないので、試しにちょっと飲んでみると
冷たいし結構おいしい。

お腹の調子をみながら、今日は就寝。


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【2008/07/13 15:23】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
山奥から湖畔リゾートへ
夏場だというのに、アルティンアラシャンの朝は冷える。
眼前には雪帽子をかぶった山がそびえているし
標高が高いのだろう。

私は6時ごろには目が覚めてしまったけれど
宿のひとが起きるのを待って、お風呂の鍵をもらう。

朝風呂はといえば、超~最高だった。

この快感は、
温泉を「ホットプール」と呼び水着で入る西洋人にはわかるまいよ。

気持ちよく小屋に戻ると、朝食ができたと声をかけられた。
宿の家族と一緒に朝ごはんを食べる。

自家製のヨーグルトがおいしかった。

チェックアウトのときに、600ソムちょうどが手持ちになくて
700ソムを払ったのだけど、なんだかんだ言っておつりをくれなかった。

キルギスではぴったり支払わないと嫌な思いをすることが結構ある。
いいおじさんだったのにな…

昨日、湧き水を飲んだけど2人ともお腹は大丈夫そうだったので
空になったペットボトル2本に水をいれ、
10時前に宿を出た。

帰り道は行きより下り坂が多く、太陽も出ていなかったのでかなりラクに感じられる。
小休憩を何度かとりつつ、13時15分にはバス亭に到着。
帰りは3時間半で着いてしまったぞ。

昨日降ろされた場所でマルシェルートカを拾い
カラコルへと戻る。

カラコルのバザールでランチを取ったあと、
バスターミナルからチョルポンアタ行きのバスに乗り込んだ。

バスの車窓から見たイシククル湖。

チョルポンアタでは、前回はバスターミナル寄りの路地で宿泊したので、
今度はバザールの近くの路地で宿を探す。
なかなかよさげな宿が見つかった。

さっきまで肌寒い山中の高原にいたのに、
一気にリゾートムード漂う湖畔の町へとワープしてきた気分だ。


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【2008/07/14 15:35】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
イシククル湖ふたたび
午前中、水着を着てイシククル湖へと向かう。

水の冷たさは前回経験しているので
日が高くなるまで湖に入るのはあきらめているのだけれど、、
冷たい冷たいと騒いでいる人たちを見ているのもまたおもしろい。

それにしても、どうしてロシア系の中年女性はみな太っているのだろうか。
彼女らが水着を着ていると、タルタルしたお肉たちがどうしても視界に入ってくる。

湖畔には、干し魚の売り子がいる。
中には小学生ぐらいの子供が売り歩いている姿も。

魚が捕れるのであれば、魚料理を出す店があるかと思いきや
そんな料理には出会えなかった。
燻製の魚じゃなくて、ふわふわしたギンダラとかたべたいなぁ。
と、日本の魚料理を妄想する。

11時をすぎてだいぶ暑くなってきたので、
一瞬だけ湖に入り、退散。

この湖の名であるイシククルとは、
「熱い水」という意味なのだそうだけど、
標高が高く、周りの山々の雪解け水が流れ込んでくるため
夏でも水が冷たいのを自分の体で体感した。

ではなんでそんな名前なのかというと、
冬でも凍結しないからなんだそうだ。

チョルポンアタのバスターミナルから、
ビシュケク行きのバスを1時間半ほど待ち、乗り込んだ。

行きはマルシェルートカで来たのだけれど
バスの方が時間はかかるが値段が安いし座り心地がよかった。

バスが途中で立ち寄った休憩所で、白くて丸い塊が売られていたので買ってみる。

どうやら乾燥チーズのようで、思いのほかすっぱく口の奥から唾液が出る。

街中の路上では酸っぱいヨーグルトドリンクが売られているし、
キルギス人は酸っぱい味が好きなのだろうか。

5時間ほどでビシュケクの西ターミナルに到着し、
5日間留守にした宿に戻る。

念のため、出発前に5日後に戻ってくることを告げ予約しておいたのだけど
宿泊客の把握ができておらず、オーバーブッキングしたらしい。

どうするのかなぁと思ったら、
ごめんね、1日だけ私の部屋を使ってと、
10分ぐらいで荷物を整理し、二段ベッドのある個室を空けてくれた。
相変わらずゆるい感じだなぁ。

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【2008/07/15 15:46】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビザとりレース~ウズベク編~

ビシュケクでは天気が良ければ様々な場所から山並みが見える。

私たちは先週の火曜日に2回にわたりウズベキスタン大使館に出向いており、
ウズベキスタンのビザを申請している。
そして今週の火曜に受け取る予定になっていた。
つまり、昨日である。

そもそも、ウズベキスタンのビザを申請するには
事前に大使館へロシア語での英語予約が必要で、
申請書の記入にもいくつか注意を必要とする面倒くさいものである。

注意というのは、処理するおばさんが英語が話せないので
ロシア語でいろいろ聞いてくる場合があり(特に職業欄)
本来は通訳を同伴するのが好ましいぐらいなのだ。

私たちは、現地の人の助けをもらうことができたので
職業欄をロシア語で
「今は一時的に休業中だが、以前は日本の東京の●●という会社に勤めていて、
どういう仕事をしていて…」といったことを書いて提出することができた。

そのときのおばさんの、満足そうな顔は忘れることができない。

まぁともかく、すでに無事申請を済ませているのだが、
それで安心することはできない。
悪名高いウズベキスタン大使館にはいろいろと嫌な噂があるのだ。

そして今日、私たちは同じ宿に泊まっている日本人のT君と一緒に
10時前には大使館に並び、一番乗りで順番を待った。

実は、受け取りの際にも電話予約をしないと警備員に追い返される
という話も聞いていてドキドキしていたのだけれど、
幸いなことにT君の友達の日本人が予約電話をしていたので
それに便乗すれば問題はなかった。

実際、警備員に問われて電話予約をしていないと言ってしまった西洋人がいて、
その人は警備員に首を振りながら手を払われてしまっていた。
くいさがっていたけれども。

そんなこんなで、このときは無事建物中に入り、
パスポートを提出。15時に引き取りにきてねと言われて終わった。

ランチを食べ、ブラブラしてから15時前に再度大使館へ。
T君とその友達とも合流し、無事取れるといいねーと話ながら順番を待った。

まず、彼らが建物内に入り、私たちは次に入るのを待っていたのだが、
出てきたふたりの表情がなんかおかしい。

「拒否られた人がいましたよ!」とT君友人が幾分高揚した顔で言い、
何のことだか分からずにいると、
どうやらT君がビザ発行を断られたらしい。
これは笑えない。

私たちはドキドキしながら中に入ったけれど
無事15ドルずつ出してビザを発行してくれた。よかった。

T君は、とりあえず日本大使館に行くといっていた。
結果から言うと、申請書の内容のどこが悪かったのか分からないけれども
どうやらビジネスビザ扱いになってしまい、
70ドル払って旅行会社のパーミッションを持ってこないとビザを発給してもらえないことになったらしい。
しかも、パーミッションの発給に2週間かかるんだって!

かわいそうに、私たちより前にビシュケク入りしていたのに…。
彼はスタート地点に戻ってしまった。


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【2008/07/16 15:51】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビザとりレース~カザフスタン編~
2008071701.jpg
いつも食べているナン屋さん。焼きたて熱々がおいしいのだ

今日はビシュケクのカザフスタン大使館に行った。
そもそも、先週の木曜日に一度行っているのだが、
さんざん順番を待たされた末に、申請書をもらっただけ。
月曜に書いて持ってこいといわれたので、そのまま放置していたのだ。

火曜は外に出ていたし、水曜は大使館が休み。
そして今日は木曜日だ。

9時前に大使館に着き、前回の教訓を生かして
私たちの前に待っている人をくまなくチェック。
ひとりひとりをジロジロ見ていたら、ひとりのおばさまが
「私が最後尾よ」とばかりに手を挙げて知らせてくれた。

やはりそういうルールだったのだ。
よく見ていると、後から来たひとは最後尾が誰か確かにたずねている。

だから9時半すぎに扉が開いても、少し心に余裕をもって扉の前へと集まった。

しかし、この暗黙の並んでますよルールは
初心者にはなかなか難しいものがある。
人ごみをかきわけて前へ前へと進むおばさんをしっかりキャッチできず
間を離されてしまった。

結局、私たちの後から来た人たちが、私たちより先にどんどん中に入っていく。

前回と同じ例の感じの悪い警備員は
以前私たちが入ろうとしたときにはやっきになって阻止したくせに、
今回は、私たちが順序を抜かされているのに
やっぱり地元の人たちを優先する。

イライラしながら、ようやく自分たちの番がきた。

記入済みの写真を貼った申請書と、パスポートをカウンターで見せると、
パスポートのコピーも出せという。

前回来た時にコピーを渡したじゃないか!そう言うと、
探しもせずに「デストロイ」と一言。

仕方ないので、試しにいつも持っている使い古しのコピーを渡すと
A4サイズじゃないと駄目だと言う。

なんだよーせっかくここまで入ってきたのに!!
しかも前回渡しているのに!
相方が食い下がってみたところ、
「この日本人どうにかしろ」的なことを警備員にロシア語で言い出したので
仕方なく外に出る。腹が立つ。

時間はまだ10時半。
ブツブツ文句をいいながら、トラム乗り場まで戻りる。
このあたりにコピー屋を見かけたはずだ。

11時ごろ、パスポートコピーを持って再度更新へと向かう。
ふと見ると、先ほど私たちの前に並んでいた人たちがまた並んでいる。
どういうことだろうか?みんな何か不備があってつき返されたのかな?

またしても順番待ちを経て、やっと中に入れた。
私の前に並んでいるのはイスラム帽をかぶった西欧人で、
彼は大量の書類を持っている。

そうだ、日本人は大使館のレコメーションレターも必要ないし、
キルギスのビザも必要ないからコピーを取る必要もないし、
ビザ料金も無料なのだから、他の国に比べたら優待されているのだ、と思う。

彼は一度カウンターで書類を見せ、なにか不備があるらしく
例のパスポートコピーをデストロイした無表情の係員につき返された。

私も、これを書け、とひとつ紙切れを渡され、
申請書も該当しないところは空けておいたのだが、すべて記入し埋めろと言われた。
なので、その紙に必要事項を記入し、申請書の該当しない欄にはNONと付け加えてからまた提出。

すると今度は、白紙の紙を渡され、アプケーションを書けという。
カザフスタンのビザをくれるようにお願いする用紙である。

正直、カザフスタンにはそんなに行きたいわけではないし、
単にトランジットで通るだけなんだけどな!
と思いながら、英語で「カザフスタンのビザをどうか下さいませませ」と適当にお願い文を書く。

今度こそ!と思いながら、またイスラム帽の彼の後ろに並ぶ。
「これで全部揃っているといいんだけど」と彼は英語で言いながら、
媚びた笑顔でデストロイの出方を待っている。

どうやらそれは満足のいくものだったらしく、
彼は「来週の火曜に受け取り」と言われていた。

そして私たちの番。
雑な英語で書かれたアプリケーションフォームを嫌味な目線で眺め、
デストロイはひとこと「金曜」と言った。

へ?という感じ。前の西洋人は火曜で、どうして私たちは金曜なわけ?

かなりムカついてきているのだけれど、
火曜にできませんか、プリーズとお願いしてみる。
でも無視!目も合わせないし。ホント感じ悪い。

むしゃくしゃしながら帰る。

しかも宿に帰ったら、
今カザフスタンとウズベキスタンの国境が閉じているかもという話を耳にした。
真偽の程は未確認だけど、もし本当だったらカザフのビザった意味ないし!

ともかく、パスポートをホールドされているので
カザフビザが発給されるまではキルギスを出られない。

ちなみに、先週の木曜に私たちと一緒に申請書を取りに行ったS君は、
「月曜に申請」というデストロイの言葉を無視して土曜に大使館に出向き
みごと申請を終え、昨日受け取りを済ませていた。

スリ事件さえなければ、私たちも金曜に申請いったのになぁ。
私たちはビザ取りレースで大きく引き離されてしまったのだった。


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【2008/07/17 18:38】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
日本センターと日本人シェアめし
正直、カザフビザが発行されるまで、
ここビシュケクでするべきことはなにもない。

ひととおり町歩きもしたし、郊外にも遊びに行った。
できることなら、早く出発したぐらいなのである。

そんな暇なビザ待ち日本人旅行者御用達のスポットがある。
日本センターである。

ここはジャイカが運営している施設で、
日本語の本のライブラリーや、DVDの鑑賞室、インターネットルームなどがある。
本来は日本語などを勉強する現地人のための施設なのだが、
旅行者でもライブラリーが閲覧でき、
150ソム(400円)の入会費を払って半年間有効の会員になれば
無料でのDVD鑑賞や、インターネットが1時間10ソムという激安料金で利用できるのだ。

私たちは最悪、金曜までビシュケクにいるかもしれないので
会員になってみても悪くない。
土日だって、ここで本を借りれば宿で読めるし。
2008071801.jpg
で、会員になった。これ会員書。


日本センターの扉の前には、
「7月21日は日本の祝日のため休業」と書いてあった。
えっと、この日は確か海の日か。

「夏休み」という響きが、なぜか心に染みる。
東京の猛暑、麦茶とスイカ、クーラーの心地よさや
家族ずれで賑わう日本の海水浴場、セミの声といった
盛りだくさんなイメージが頭の中をかけめぐる。

2月末からずっと真夏の世界ばかりを旅行している私たちだけど
「夏休み」という言葉には、どこか魅力的な力がある。


日本センターにいたのは、宿や各国の大使館でみかけた
バックパッカーばかりだった。みんな暇なんだな。

ネットをやって、本を借りて宿に戻る。
ここのところ、宿に帰るとおいしい夕ご飯が待っているのだ。

同じ宿に泊まっている日本人の中で、
調理師免許をもったNさんが、ご飯を作ってくれるからだ。
それを数人の日本人と一緒に食べている。
こういうのをいわゆる、シェアめしというらしい。

キルギスにきたばかりのころは、現地のいろいろなものを食べたかったので
この日本人の輪には参加していなかったのだけど、
結局キルギスでは、毎日の食事にあまり楽しみを見出せなかった。

だから一度、Nさんが作ってくれたチゲ鍋&ごはんの夕食に参加してみたら
めちゃめちゃおいしくて感動してしまった。
中国を出てまだ1週間ぐらいだったけれど、白米ごはんがとても懐かしく感じた。

そして最近はもっぱらみんなと一緒に夕飯を食べている。
2008071802.jpg
今日は豚汁とごはん。

泊まっている日本人は、20代後半以上の長期旅行者が多いけれども
そんな中、いろいろ事情があって1ヶ月もこの宿で寝泊りしていた
19歳の男の子が印象的だった。
ビシュケクからリトアニアに飛ぶと行っていたけれど元気で旅しているかなぁ。


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【2008/07/18 18:45】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
バザールでお買い物&自炊
今日から気分は3連休である。

暇なので料理でもしようという気持ちになった。

宿から歩いてすぐのところにアルメティンバザールがあるのだが
今日は土曜だからか結構混んでいる。
2008071901.jpg
バザールにはじゃがいも、にんじん、たまねぎ、パプリカ、トマト、ナス、にんにくなど
種類は多くないが見慣れた食材が並んでいる。
どれも新鮮そうだ。

実際、キルギスの野菜は味がしっかりしていてとてもおいしい。

ラズベリーのように小粒で真っ赤なイチゴも、
山盛りに並べられた前を通るだけで足を止めるほど甘い香りを放ち、
口にするととても甘くて濃い味がするのには驚いた。
2008071902.jpg
肉ブースに行くと、羊肉が大胆に売られている。
キルギスの羊肉は、モンゴルやウイグルと比べて匂いが少なく
しかもジューシーでおいしいと私は思う。

鶏肉のブースもあるが、売っているのは
一羽丸ごとか骨付き肉である。
モモ肉だとか、ムネ肉、ましてや細切れなんて売っていない。

たしかに、羊肉の大きさに比べたら
鶏1羽ぐらい小さなものだ。

また、イスラム教徒が多いためか
豚肉ブースはちょっと離れたところに作られていた。

ここもばら肉などは売っておらず、
肉の塊がボーン、ボーンと陳列されている。


私たちはいくつかの野菜と卵、鶏肉、米、そしてバターを買った。

バザールでは米はもちろん、肉も野菜もすべて
キロ売りの値段表示がされている。
卵は10個いくらという表示のようだ。

それでも、たまねぎ1個、米500グラムなど
少量でも買うことができたのでよかった。

買い物を終え宿に戻ったものの、
なにもする気がせず本などを読みながらばんやりとすごす。
2008071903.jpg
夜になり、大げさな食事を作る気にならなかったので
近くでナンを2枚買ってきて、
その上に玉ねぎとチキンを炒めてカレー味にしたものを乗せ、
最後に両面焼きの目玉焼きをトッピングしてみた。
2008071904.jpg
そもそも、こちらのナンはなにもつけなくてもおいしく食べられるのだが、
ちょっと工夫しただけで、ボリュームたっぷりのピザができてしまった。
満足。

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【2008/07/19 18:50】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
読書の日
2008072001.jpg
私たちが泊まっている宿には中庭があり、
ふたつのユルタを囲むようにしてコスモスなどの花が植えられている。

その中庭の周りに客室やバスルーム、
食事などをするためのテーブルや簡単なキッチン、
そしてチャイハナの小上がり席のような寝転べれる空間が配されている。

今日はこれといってすることがないので、
ほぼ一日中、この小上がり空間で読書をしていた。

ビシュケクに来てはや2週間が経つ。
そしてこの宿で朝を迎えるのはもう10日目だ。
その間に読んだ本はといえば、
●日本人の壁
●さらば、外務省
●R.P.G
●ヨーロッパ鉄道紀行
●未来をひらく歴史 日中韓3国共通歴史教材委員会
など。

お昼には、昨日買った食材でオムライスを作り、
夜は調理師Nさんが作ってくれた
炊き込みごはんとトマトの肉づめを
非常に整った顔立ちをしたベルギー人と一緒に食べた。
ベルギーの人はフランス語を話すのだというのをはじめて知った。

この宿には日本人以外ももちろん泊まっているのだが、
フランス語圏の人が多いようだ。
みんな英語でコミュニケーションしているが。

最近、チェスを教えてもらって、
一応ゲームができるようにはなった。

チェスが好きな西欧人は多く、
誰かがチェスをしていると、覗き込んで眺めていたりする。
暇なときに外国の人とゲームできたら少し楽しくなりそうな気がする。


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【2008/07/20 18:54】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
3連休最後の日
日本では今日は海の日かもしれないけれど
もちろん、キルギスではまったく関係がない。

しかしそうとも言い切れないのが、日本センターが休業日ということだ。
インターネットをしたり本を借りたりできないので
今日もまたすることがない。

少し前までは、1時間ほど郊外にあるミナレットの遺跡に行ってみようと思っていて
ランチにおにぎりを持参しようと、お米も余分に買っていた。

なのに今日になってみたらば、どうも外出する気分にならず。
それでも朝、ごはんを炊いておにぎりを作ってみた。

結局、本を手に取ったりしていたらいつの間にか時間が過ぎてしまい、
そのおにぎりは読書の合間に食べてしまったのだけれども…。

天気がいいのでせめて洗濯でもしようと思ったが、
なんとなく伸ばし伸ばしにしていたら皆に先を越されてしまい、
干す場所がなくなってしまったので断念。

夕方ころ、
一緒の宿に泊まっている日本人の人から
30分ぐらい歩いたところにある池と森は
のんびりするにはいいところだ、とずいぶん前に
教えてもらっていたのを思い出し、散歩がてら行ってみることにした。

…のだが、しばらく歩いただけでそれらしい所は見つからず、
キルギスのやたらとうるさい犬たちに吠え立てられ
なんとなく先に行く気分でもなくなり引き返してきてしまった。

なんで仕事もしていないのに、3連休という響きを意識しただけで
こうも脱力感でいっぱいになってしまうのだろうか。

確かに、連日のビザ取りレースに振り回されてはいるが
それだって遊びのためのものではないか。
日本で働いている人からみれば、いい気なもんだと思うだろう。
でもきっとこれは、日本で働いていた時分より
体に染み付いている条件反射なんだと思う。
旅行に出る前は3連休なんて、なかなか取れなかったのだから。

さて、そのまま帰るのも何なので、
買うものもないのにバザールに寄り、
シシャリクとビールで夜ご飯にする。
2008072101.jpg
店頭で焼いている肉がおいしそうなら、それを注文するのだが、
キルギスのシシャリクはジューシーで、これまであまりハズレがない。

そうそう、キルギスの羊肉はおいしいきがすると
以前の記事に書いたのだが、
今日読んだ本の中に、その理由が書いてあった。

どうやら、モンゴルでは羊をさばくときに首にナイフを入れ、
お腹に血を貯めてそれを食するらしいのだが、
中央アジアでは、イスラムの影響があるためか
最初に頭を落としてしまい、血抜きをするのだそうだ。

そのため、生臭さがないという。
確かに、バザールの肉売り場で
内臓を含め大量に並んだ肉片の横を通り過ぎても
あまり生臭さくはなかった。

ということは、キルギスだけではなく
これから行くカザフスタンもウズベキスタンも羊がおいしいということだ。
楽しみである。


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【2008/07/21 19:07】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
カザフ大使館へ無駄足

前回、カザフビザの申請をしたときに
私たちの前の西欧人は火曜に受け取りと言われていたのに
無表情の係員は私たちには金曜と冷たく言い放った。

一緒に申請書を取りに行った日本人のS君の場合、
金曜に申請して翌木曜引取りだったのだから
それと比べても木曜申請の翌金曜引取りは長すぎる。

これは嫌がらせなのだろうか??

念のため、申請時にいた他の人に混じって出来ているかもしれない
という可能性にかけて、今日大使館に行ってみた。

カザフのビザ受け取りは夕方6時半なのだが、
これもまた馬鹿にしたところがあって、
散々待たされた挙句に8時半ごろに受け取ったという話を
何人かの日本人から聞いている。

カザフ大使館は中心部から離れたところにあって
夜になると辺りが薄暗いことは容易に想像できる。

そんなところで襲われたら嫌なので、
私たちは貴重品を宿に置いて行き、
ドキドキしながら7時ぐらいに大使館に到着した。

この日はどうやら時間通りに発給がされたらしくて
受け取りで訪れたツーリストらしき数人が帰り道を歩いていたのが見えた。

誰もいなくなった大使館は、しかしまだ扉が開いている。
中に入ってビザの受け取りと言う旨を伝えるが
今日発行分のビザが貼られたパスポートの中には
見慣れた赤い日本のものはなかった。

相方がいろいろ英語で文句を言ったりお願いしたりするが
取り付くしまもなく、また、「金曜」と一言言われるだけ。

仕方ないのでお腹の中になんともいえない苛立ちを感じながら
トボトボと歩いて帰った。

もう木曜に行ってももらえるかどうか分からないし、
金曜の夜には絶対にビザが取れると想定して
土曜に出発することに決めた。

あと4日。ビシュケクでなにをするか。
こんなことなら、最初からタシケントに飛んでしまえばよかったのだ。
今にして思えば、だけど。

思いがけずここで貴重な時間を消費してしまったのだから、
ここは節約して時がすぎるのを待とう。

スーパーで買ったサンドイッチとインスタントラーメンを片手に
なんだかわびしい心持の夜を過ごした。


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【2008/07/22 18:30】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
バザールと日本センター
キルギスでは想定外に滞在日数が増えたので、
出国まではなるべく自炊をし、節約したい。

なので朝、バザールに行き、またいろいろ買いだめをした。

他に書くことがないので、以下買ったものリスト
ちなみに1ソムは33円程度。

●米…20ソム分(400g程度)
●パスタ…20ソム分(500g程度)
●食パン1斤…11ソム
●なす2本とたまねぎ2個…10ソム
●トマト2個…12ソム
●セロリとパセリを合わせたような匂いがする葉っぱ一束…5ソム
●牛乳1.5リットル…32ソム
●バター500gぐらい…25ソム
●ベーコンの塊コブシ一個分ぐらい…85ソム
●卵10個…45ソム

今日のブランチはカルボナーラ、
夕食は白米と、ナスとたまねぎとベーコンの炒め物。
2008072301.jpg

もう土曜に出発すると決めたので、
ATMで最後のお金を降ろす。

計算したら、宿代を11泊分払わなくてはならない。
結構まとまった額だ。
ビシュケクの外国人向け宿は、いい商売になるな、と思う。

それから、ウズベキスタンへの準備として少しドルを降ろした。
ビシュケクの中心地には、ドルが引き出せるATMがいくつかあるのだ。


そしてまた日本センターへ。
この日読んだ本は
●女たちが極めたシルクロードーその国々の生活文化誌ー
●おいしんぼ2冊
なり。

今日もまた本を借りてゆく。

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【2008/07/23 18:32】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
キルギスのおいしい水
ビシュケクで滞在している宿には、
湯沸しポットがあって自由にお湯が飲めるのだけど
ポットに入れる水はといえは、水道水であった。

この間読んだ本によれば、
山岳部の多いキルギスでは水道水が天山山脈の湧き水であり、
地元の人は飲んでいるとのこと。
また、水道官事情もあって
じゃぐじをひねって水を飲むことができるのは、
中央アジアでキルギスだけとあった。

確かに、宿の子供を観察していたら
コップで水道水をくんで直接飲んだりもしている。

ある日、宿にいる日本人で水についての話に及んだときには
噴水の水をくんで飲んでいた地元の人を見たという人や、、
いやいや、スプリンクラーの水を飲んでいたのを見たと言う人までいた。

そういえば歩いていくつか井戸も見かけた。
子供が井戸水を飲んでるところもあった。
井戸水はさぞ冷たくて気持ちいいだろうな。

そろそろこちらに来て2週間以上が経つし、
沸かしたお湯は問題なく飲んでいる。
先日はアルティン川に注がれる湧き水をガブガブ飲んできたばかりだ。

なので試しに私も水道水を飲んでみたが、
いまのところお腹の調子もいつもどおりなので、
おそらく大丈夫だろうと思う。
まぁでももちろん、沸かしたお湯を飲むのが確実である。

一方、売られている水に炭酸水が多いのは何か理由があるのだろうか。
ガス入りは飲みにくいので、私たちはノンガス水を購入している。


ビシュケクの市内を歩いていると
日本も水資源の豊かな国だが、キルギスもそうなんだろうなと肌で感じる。

町には街路樹が生い茂り、その足元には水路が設けられている。
まるで小川のようにさらさらと音を立てて流れる水が、木々を潤しているのだ。
たまにそれらは、氾濫しているのだけれど。

中心部にはやたらと巨大な噴水が備えられており、涼やかな気分にさせてくれる。


さて、今日は一緒の宿にいた調理師のNさんが長期滞在のため
借りたアパートを見学させてもらってきた。

ソビエト時代に建てられたのであろう、古い団地の一室で、
家具などは備え付けであった。

自然と、かつてここに住んでた家族のことを妄想したりしつつ、
外国でひとり暮らしできるNさんがやはりちょっと羨ましかった。

私たちもどこか気に入った町があったら
1ヶ月ぐらい暮らせたらいいだろうな、と思う。

でもよく考えたら、旅の残り時間はあと9ヶ月である。
単純に、インドネパールで1ヶ月、ヨーロッパ3ヶ月、中東2ヶ月、南米1ヶ月、中米1ヶ月、北米1ヶ月
行きたいところが山ほどあるのだから、そんなにのんびりできないだろうな。

キルギスに3週間というのは誤算であった。



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【2008/07/24 18:16】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
カザフビザ取得につきラスト1DAY
今日は金曜日。
もし今日中にカザフスタンビザがもらえなければ
またビシュケクで週末を過ごすことになる。
それだけはどうしても避けたいところである。
でもそればっかりは、行って見なければわからない…。

さて夕方、例の日本センターから歩いてカザフ大使館に向かった。
日本センターが閉まるのは17時半で、
カザフ大使館の受け取りは18時半。

この間はちょうど歩いて1時間ほどの距離なのだが
途中でスーパーに寄ってパンやアイスをつまんだりしていたら
到着が少し遅くなった。

ひまわりの種がトッピングされたチョコアイス。うまい!

今日も、時間通りに発給したらしく、
ビザを取りに来た人は皆はけてしまった後のようだった。

警備員が急げというジェスチャーをする。
この人は、申請の時にちょっと嫌な思いをさせられた警備員ではなく、
彼より弱い立場なのか更新の時にもいたのだけれど控えめで、おだやかな印象を与える人であった。

中に入り、窓ガラスをトントンと叩くと
見慣れた無表情のあの係員が微妙な笑顔を向けて、
何も言わずに赤いパスポートを手に取った。
けっこう文句を言ったので、面倒くさい日本人として
彼の記憶に残ったのかもしれない。

パスポートを見ると、
よかった、ビザシールが貼ってある。
ホッとしたので、スパシーバ!とロシア語でお礼を言い大使館を出る。

これでようやくビシュケクを出ることができる!

キルギスは郊外に出ると景色もよくて素晴らしいところだけれど
ビシュケクでビザを待つ日々はなんともいえないまどろっこしさがあった。
ここはスリにカメラをとられた町でもあるし、出来れば早く抜けたかった。

明日、夜行バスで発つことにする。


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【2008/07/25 18:56】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
キルギス餞別のピロシキ
朝一番でに西バスターミナルに行き、シムケント行き夜行バスのチケットを購入した。
寝台バスではなく、座席タイプのようだが、
10時間で着いてしまうのだからそう問題ないだろう。

チケットが買えたので、宿に戻ってチェックアウトする。
といっても、出発は夜なのでそれまで居座らせてもらうのだけれども。

今日は土曜日だし、チェックアウトする人が多いようだ。
どんどん人がいなくなっていく。

そしてまた月曜になればいろんな国から旅行者がワッと集まってくるのだろう。

ゲストハウスは不思議な空間だなぁと思いながら
人気のないこの時間を楽しむ。


夕方、残った食材をすべて使って最後の食事を作った。

この間、バザールに行ったときにおもしろいなぁと思って買った
羊スープの素を使ってスープを作ってみたら
食堂でよく食べる料理の味がした。これ便利だな。


20時になったので、バスターミナルに向かう。
幼い宿の子供が叫ぶようにバイバーイバイバーイと何度も言っていた。
この子は外国人を見ると条件反射のようにハローとバイバイを言うのだ。
たくさんの人が素通りする家で暮すこの子にとって外国人客はどういう存在なのかな、と思う。

さよなら、10番ドア。


西バスターミナルへ向かうマルシェルートカに乗り込む。
私がスリにやられた乗り合いタクシーである。

しかし今日は乗客が少なく、
荷物を置くために運転席の後ろにふたりで座った。

このマルシェルートカには実際スリが多いということだけど、
にもかかわらず、キルギス人は性善説を信じているのかなと不思議に思うことがある。

それは、乗り込んで後ろの方に座った人が
前の人の肩をツンツンと叩いて料金を手渡し、
それを運転手までリレー渡ししていく仕組みだ。

もしおつりがあれば、運転手からその人まで、
リレー渡しの逆ルートで戻ってくる。


この日も、何度か料金を運転手に渡した。

相方がツンツンされたので、またお金だと思って振り返ると
渡されたのは、なんとピロシキであった。

相方は戸惑って運転手に回すが、イラナイと手を振ってつき返された。
仕方ないので渡してきた女性に戻すと、
今度はそれを半分に切って、
半分を運転手に、もう半分を私たちにという手振りをした。

よくわからないが半分を運転手に渡すと今度は受け取り
私たちももう半分をお礼を言って受け取った。

揚げたてのピロシキであった。
揚げ物好きの私たちは、バザールで売っているピロシキやサモサも大好きである。

マルシェでカメラを失ったけれど
そのマルシェで最後にピロシキをもらって、
キルギスを嫌いにならないでねと念を押されたような気分がした。


バス亭で、カザフの通貨を両替しようとソムを少量残していたのだけど
両替所はすでに閉まってしまっていた。

しかたないので、そのままバスに乗り込む。
と、思ったら、にやけた顔の運転手らしき男が近づいてきて「日本人か」と言う。
こういうときに、こういう顔で日本人かどうかを確認されるのはよくない兆候だ。

でも他に言うことが見つからないので、そうだと答える。
すると、荷物代ひとり50ソムを請求された。

バス料金が390ソムだったので、荷物代がその1/4もするって高いよなと思い
いろいろ駄々をこねるが
ソムも手元にあったし、カウンターで支払うよう言うので結局その通りにした。

思えば中国でも、カシュガルのバス亭で荷物を積み込む際に
荷物代ひとり40元請求され、支払ったのだが、
他の客に請求しているそぶりがなかったし、バスが出発したらその人はいなくなった。
後で、同じバスに乗っていた日本人に聞いたら、やはりその人は請求されなかったらしい。
おそらく我々の80元は彼のポケットマネーになったのだろう。

結局、今のこの50ソムが妥当なものかどうかは分からず終いだったけど
仮に外国人だからと多めにとられていたとしても
現地の人と同じ料金でシムケントまでいけるのだから、それでいい。

ただ、こうやってだんだん疑り深くなっていく自分が寂しく感じる。


バスのシートは前の席との間に余分な隙間など一切なく、
リクライニングする余裕はもちろんない。しかも満席であった。

隣の座席には、夫婦が座っているが
それぞれのひざの上に一人ずつ子供を座らせている。
この体制で眠るのはさぞ辛いだろうな、と思う。

バスは21時ごろ出発し、
街中を少し走っただけで、あとは街頭のない真っ暗な道である。
車内のライトが消されると、眠るのには十分な暗さだ。

ふと夜空を見上げると、かなりの量の星が綺麗にまたたいている。
天の川も見えるし、じっと目を凝らしていると
いくつか流れ星が確認できた。

少しウトウトする。



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【2008/07/26 19:03】 | 11か国目★キルギス(08.7/4〜7/26) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深夜のボーダーとシムケント
私たちはキルギスの首都ビシュケクから夜行バスに乗り、
カザフスタンの地方都市シムケントへ向かっている。

昨晩23時判ごろ、バスが止まり、皆が降りているので私たちも降りた。
トイレ休憩かなと思ったのだ。

しかしここがキルギスとカザフスタンのボーダーであった。
まさかこんな時簡に開いているとは思わなかった。

キルギス側に両替所があったので、
少量のキルギスソムを、カザフスタンテンゲに替える。

イミグレーションでは、またしても外国人優先である。
キルギス人が並んでいる横に待たされ、
パスポートを係員に預けると、スタンプを押されてすぐ戻ってきた。
こんな時だけ優先でも…という気がしないでもないけれども。

カザフスタン側も特に問題なく、
ビザ申請の時に記入した出国カードにスタンプが押され、
税関申告書は記入しなくても大丈夫だった。
荷物検査検査もなく、いたってスムーズ。

カザフスタンに入り、
チェックを終えたバスがボーダーを越えて来るのを皆で待つ。

暇だったので物価を調査しに商店に入る。
カザフの100テンゲはほぼ日本の100円と同価値なので
非常に分かりやすい。

相方が、250ccのスポーツドリンクを手に値段を聞いたら
300テンゲと言われる。高っ!
カザフスタンは中央アジアの中で最もインフレ&物価高騰が進んでいる国だと聞いているし
ちょっと幸先不安になったのだった。



気がつくと、バスが止まっている。
時間を見ると朝の6時。
そろそろシムケントに着くころだ。

このバスは、実はウズベキスタンのタシケント行きであり、
私たちは途中下車しなくてはならない。

でも、どこで降りたらいいのかわからない。

そもそも、私たちの目的地はウズベキスタンであるのだが
せっかく1週間以上も時間をかけてカザフのビザを取ったので
せめて1泊ぐらいしようという気持ちなのである。

もしこのままタシケントまで連れて行ってくれるのだったら
それはそれで構わないのになー、という考えも私の中にはあった。

バスは数人の乗客をそれぞれの目的地で降ろし、
それからガソリンスタンドへ入る。

ここでバスのスタッフが、「ヤポーンヤポーン」
つまり日本人日本人と我々を探し
シムケントだから降りろと言う。

こんなどこだか分からないところで降ろされてはたまらないので、
バスターミナルで降りたいと繰り返す。
周りの人の応援もあって、バスは鉄道駅らしいところで我々を降ろして去っていった。

鉄道駅か。
ちょうど、シムケントから程近いジベックジョルのボーダーが閉じていると聞いていたので
鉄道でタシケントへ入ることも考えていたのだから丁度いい。

ところが、時刻表を見たり、受付の人に聞いたりするが
ロシア語の分からない我々にはどうも理解できない。
たぶん、列車があることはあるようなのだが
シムケントからの直行があるのか、
ないならどこから乗ったらいいのかなどさっぱり分からない。

なので列車の線はあきらめ、ちょうど駅構内にATMがあったので
2日分のカザフテンゲを降ろし駅を出た。

駅前にはキリル文字で「タシケント」と書かれたマルシェルートカがいるが、
タシケントの上には小さく「チェルニャイェフカ(ジベックジョル)」とボーダーの名前が書いてある。
しかし今、このボーダーからはウズベクに入ることが出来ないと聞いている。

試しに、「ヤッラマに行くか?」と別のボーダーの名前を挙げて聞いてみると
行く行く、と頷く。値段を聞いて、明日来るよとその場を去った。

この日は疲れていたので、ガイドブックを見て駅から近そうな宿に泊まることにした
15分ほど歩いて目的の宿に着く。
入り口には、「悠久のシルクロードの旅云々…」というツアー名が日本語で書かれた
観光バスが止まっていたので日本人ツアー客が利用する宿らしい。

一番安い4000テンゲの部屋にチェックイン。
どうやらこの宿は24時間制らしく、朝の8時に入ったのでチェックアウトは明日の8時なんだそうだ。
部屋は狭いし、暑い。でも、冷蔵庫がある。一応、朝食つき。

シャワーを浴びて、一眠りする。

宿の入り口から見た風景。
左にモスク、右にはなぜか戦闘機が飾られているのが見える。

目が覚めると、午後の4時近くになっていた。
相変わらす部屋の中は暑い。
東南アジアなら天井にファンが着いていそうなものなのにな…

窓はもちろん二重窓だし、部屋はもちろんバスルームにもヒーターが着いている。
中央アジアでは冬の寒さ対策はしっかりしているのだろうけど
夏の暑さ対策はあまり気を配っていないのかもしれない。

せっかく1泊しているのだから、少し散策しようと
宿の近くにあるという、バザールを目指す。

外に出ると日差しが鋭く、というより熱風の中を歩いているようだ。
中国の敦煌やトルファンで体験した40度の外気を思い出す。
同じぐらいここも暑い!

汗をかきながらバザールまで行くと、もう閉まっていた。
まだ16時前なのに!早すぎる。

私がシムケントでやりたいことといえば、
バザールの中のチャイハナで、
カザフスタンのシャシリクを食べることぐらいだったのに!


がっくりしながら、バザールの前に出ている店をブラブラと見学する。

売っているものはビシュケクとたいして変わらない。
物価もほとんど同じように思う。
非常に安いトマトが目に着いたけれども。

羊の頭。ドキリとさせられる。

その辺の食堂で、ピロフとマントウとビールを頼む。
これもキルギスにいたときとあまり変わり映えしない食事だけど
とりあえず、カザフスタンのビールが飲めただけでよしとしよう。


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【2008/07/27 19:06】 | 12か国目★カザフスタン(08.7/27〜7/28) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
シムケント~タシケント
朝8時にタシケントの宿をチェックアウトして、鉄道駅へと向かう。
昨日と同じように、駅前にはマルシェルートカが何台か止まっており
その中にはタシケントと書かれた看板を掲げている車もいる。

その運転手とおもわれる男性に、ヤッラマに行きたいと言うと
昨日と同じように、行く行くと頷いた。

しかし、料金の段になると、ひとり800ソムと
昨日の600ソムよりも高く提示してきた。

600ソムでしょ、と言うと、
そんな値段じゃ行くわけないとばかりに
オーバーアクションで手を振り降ろす。
運転手ではなく、周りのとりまきが、だ。

こちらも昨日と同じじゃないと乗らないと引かずに
しばらく離れて様子を見ていたら、結局彼らが傍に集まってきて
OKOK乗りなよといった手振りをした。
別にひどく値切っているわけじゃない。
600という数字は、昨日彼らが自ら示した額なのだ。

しばらくして、客を満杯につめこんだ車は
ひたすら高原の道を走り続けた。
窓ガラス越しにジリジリと指す日差しが痛いぐらいだ。

2時間半ほどして、ここがヤッラマだと車が止まった。
運転手が我々の荷物を荷台からおろしながら言うには、
ここからボーダーまでタクシー100スムで行ける
というようなことだった。
確かに、すでにタクシーの運転手が我々を待ち構えている。

分かったありがとうと運転手に言うと、
彼は陽気なポーズをとってから運転席へと戻り
私たち以外の客を乗せた車は、彼が指差したヤッラマとは違う方向に走り去って行った。

運転手との話を一緒に聞いていたタクシードライバーが我々を先導するので
とりあえずついていってみる。
タクシーに乗り、当然ひとり100スム換算で200スムを出すが
笑って受け取らない。
ひとり200スムだと言う。
さっきは100スムって言って、この人も頷いていたのに!

朝のマルシェルートカに続いてのことだし何だか腹が立ってきて
だったら乗らないよと車を降りた。
これは金額の問題ではない。
ふたりで200円でも400円でも私たちにはそう痛い出費ではない額だ。
ただ、なんで突然、金額を変えるのか。
それは私たちが外国人だから気が変わったのだろう。
その事実が煮え切らない気分にさせる。

車を降りたものの、タクシー以外に行ける方法なんてないんだろうし、
とりあえずウロウロしながら他のタクシーに交渉するかどうか迷っていると
運転席から「ヤッラマー」と叫ぶ車が通りかかった。
白タクだと思い、握り締めた200ソムを見せたところ
OKと頷いたので車に乗り込んだ。

相方がもう一度料金の確認をすると、お金は要らないという。
彼らはカザフスタン人で、仕事のためにボーダーに行くのだとも。

彼らが何の仕事をしているのかは分からないが、乗り心地のよい乗用車は
140キロのスピードで滑るように走る。

10分ぐらいでボーダーに到着。
彼らは本当にお金は受け取らず、私たちはお礼を言って別れた。
どうもありがとう!


少し気を引き締めてゲートの中に入る。
ちょうど国際バスが到着したすぐ後だったのであろうか、
ウズベクパスポートを手にした人たちの人だかりができている。

カザフスタン側のパスポートコントロールでは、
ビシュケクのカザフスタン大使館で見たような
おしくらまんじゅうの人だかりができていて、
とてもじゃないかバックパックを背負った我々が参戦できそうにない。

木陰に座って人がある程度はけるのを待ち、
数人になったところで入り口に向う。
すると、私たちのすぐ後にまた別の団体が押し寄せてきた。
忙しい国境である。

この国境ではないかもしれないが、
カザフの国境では賄賂を請求されたという話をよく聞く。
しかしそんなこともなくイミグレーションを通過。

次はウズベキスタン側だけれど
こちらも特に問題なく通過。

今日の国境越えはかなりドキドキしていたのに、
あっけないほどあっさりとスルーしてしまった。


ゲートを出ると、タクシーが止まっていて
タシケントタシケント、と声を掛けてくる。

両替所を探しすけれども、それらしきところがない。
私たちは不干渉エリアでジュースをカザフテンゲで買い
おつりをウズベクソムでもらっただけしか、ソムの手持ちがないのだ。

少し歩いたところで声を掛けてきた白タクと話をすると、
タシケントまでひとり5000ソムと言うので承諾したいところだっただが
ソムが足りないし、ドル払いでは嫌だと言う。

すると、別の提案をしてきた。
彼に2000ソム払えばタシケントまでひとり2000ソムでいけるところまで行き、
タクシーに交渉してあげるというのだ。

2000ソムなら手元にあるし、次のタクシーにはドルで払えばよい。
喜んで承諾し、車に乗り込んだ。

約束どおり、彼は10分ほどのところにあるタクシー乗り場まで走り、
ひとり2000ソムでタシケントまで行くよう友達と思われるタクシードライバーに交渉してくれた。
ドルでもOKというので、ふたりで4ドル払う。

20~30分ほど走り、車が止まった。
バスターミナルのあるメトロの入り口だ。

駅で時刻を見ると、午後2時すぎ。
時差があることに気がつき、時計を1時間まき戻す。

宿のもより駅で降りて地上に上がると、そこにソフトクリームスタンドがあった。
朝からろくな食事をしていない私たちは、
思わずソフトクリームと、サモサを買う。両方うまい!!

この店は人気店なのか、ひっきりなしに人が押し寄せていた。

アイスを求める人たち。

宿にチェックインして、近くの食堂でシャシリクを食べる。
レバーが入ったサモサがおいしかった。


なにはともあれ、ようやく念願のウズベキスタンに来れた。
国境を越えたからか、ずいぶん疲れている。
タシケントの暑さも半端ではない。
今日も寝苦しい夜になりそうだ。


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【2008/07/28 19:15】 | 12か国目★カザフスタン(08.7/27〜7/28) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ウズベキスタン航空と列車チケット予約
私たちはビルの6階にある部屋に泊まっているのだけれど、
朝起きて窓の外に目をやると、
向かいのビルのベランダで、人が寝ているのが見えた。

それも、ひとりではなく、各階の角部屋に数人寝ている。
昨日の夕方には、ベランダに絨毯を引いてくつろいでいる姿を見ていたけれども
まさかそこで寝ているとは思わなかった。

夕方の風景。

私はファンもない部屋の中で暑く寝苦しい夜を過ごしたのだけれど
彼らのようにベランダで眠ったら涼しいのだろうなぁ。

午前中、歩いてチョルスバザールに行ってみる。

かなり規模が大きくて、見ているだけでおもしろい。

バザールのそばには巨大なスーパーがあって
ここも楽しい。しかもクーラーが効いている。

今度はメトロで新市街の方へ行ってみる。
ティムール広場周辺をブラブラし、
第二次世界大戦後に日本人捕虜が作ったという
バレエ劇場にも行ってみた。
ここはシーズンであれば1ドルぐらいの安い席もあり
バレエやオペラが見れるようである。
シーズンオフで残念だ。

歩いているとヨーロッパのブランドショップなども目に付き
タシケントは都会だなぁと感じる。

そして、アイスクリームやソフトクリームを食べている人が多い。
いたるところでアイスを売っているし、ソフトクリームのスタンドもある。
中国から中央アジアにかけて、アイスを食べ歩きする人の多さが目についたけれど
これだけ暑いのだから、大人も子供もアイスが好きなのだろう。
私たちもよくアイスを食べて休憩している。


セルフ式のロシア料理屋でランチにする。
ロシアに行ったことがないので、
旧ソビエトである中央アジアの料理と、
ロシア料理の区別が私はいまいちわからない。


それから、ウズベキスタン航空へ向かう。
2008072902.jpg
私たちはウズベキスタンの町をいくつかを回った後、
インドのデリーに飛んでしまうことにしたのだ。

途中で旅行会社を見かけたので航空券の値段を聞いたのだが、
その後ウズベキスタン航空で効いた値段と比べて若干安いものの、大差なかった。

ただ、ウズベキスタン航空での購入には、
かなり順番待ちをして結果的にだいぶ疲れたので、
旅行会社で買ったほうがずっとラクだったのではと想像した。

だがとにかく、デリー行きのチケットを購入。
数日後にはインドである。

その前に、着いたばかりのウズベキスタンだ。

駅近くにある予約センターへと歩いて行く。
どうやら当日券以外は駅でチケットを買えないらしいのだ。
しかも、外国人は国際列車の窓口で買うことになっているらしく
空いている窓口に行っても断られてしまった。
ここでも並んで、明日のブハラ行き夜行列車のチケットを購入。

今日は炎天下の中、かなり歩いたので
汗だくだし、へとへとになった。

すっきりシャワーを浴びたいところだけれど、
宿のシャワーは、シャワーのノズルがついていないため、
バスタブにしゃがみこんで水道管から出てくるお湯で髪を洗ったりしなくてはならない。
それでも、お湯が出るだけでサッパリする。

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【2008/07/29 19:32】 | 13か国目★ウズベキスタン(08.7/29〜8/9) | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
タシケントの雰囲気あるメトロ、サウナな夜行列車
タシケントは中央アジアで唯一地下鉄の走っている都市なんだそうです。
そして、わたしはこの地下鉄に乗るのを結構楽しみにしていたのであった。
なぜなら、ひとつひとつの駅が趣向を凝らされていて豪華だという評判をきいていたから。
ロシアのメトロがそうなのだということも、そのとき始めて知った。

タシケントのメトロは3線あり、距離や乗換えに関係なく料金は300ソム。
私たちは3線とも利用したので、その中のいくつかの駅を観察することができた。

どの駅も年季を感じさせるたたずまいながら、
地下に入るとしっかり冷房が効いているのがうれしい。
切符はタイや香港の地下鉄と同じような、プラスチックのコイン形をしていた。

ホームはそれぞれデザインが変えられていて、確かにおもしろい。
ただ、日本で例えばみなとみらい線など個性的な駅たちを日常的に見ていた私は
少し期待しすぎてしまっていたかもしれない。
(そういえば、開通したばかりの副都心線はどんな駅なんだろう)
そのせいか、最初は、こんなものかーと少しがっかりしたのだった。

けれどもいくつかホームを見ていると、
どの駅にも共通して重厚感があり、
明るすぎないぼんやりとした薄明かりが
なんとも独特の味わい深い雰囲気をかもし出しているのに気がつく。

滑り込んでくる水色のコロンとした列車を見ているうちに、
私はだんだん、このひんやりとした空間が気に入ってきた。
なにより、視覚的に各駅を覚えやすいので乗り過ごす心配がなくていい。

駅の薄暗さはよくみると、明らかに電球の玉を最小限に減らして節電?している
ということに気がつくのだけども。

すごく写真を撮りたかったのだけど、
駅は撮影禁止で、写真を撮るとカメラを没収されるという話を聞いていたから断念。
なるほど、ホームには警察が異様なくらいたくさんいて
外国人のパスポートチェックも厳しいらしい。

私たちはカップルだったからか一度も声をかけられなかったが、
男性一人の旅行者はかなり頻繁にチェックされているようだった。


さて、話は変わって。

今日は夜行列車でブハラへと向かうことになっている。
寝台席はコンパートメントではなく、その下のランクである開放寝台だ。

車内をパッと見た感じは中国式の向かいあわせ3段ベッドタイプのようだが、
ダークブラウンの壁やサテン風の座席カバーなどどこか高級感を感じさせる。

3段に見えたベッドは、実際は人が寝る部分は2段までで、
一番上は布団を入れる収納スペースになっていた。
各自の荷物は一番下のベッドを持ち挙げることでできる収納スペースに入れるようだ。

通路側にある向かい合わせのイスと机は、
少しいじると2段ベッドに変身していた。
このようなタイプの寝台車に乗るのは初めて。

だけども、通路側にもベッドが設けてあるということは、
どうしても各ベッドの長さが若干短くなってしまう。
身長170センチの私はギリギリ大丈夫だけれども
180センチ以上ある相方は足がはみ出て大変そうだった。

シーツは新しいのを支給されたし、ふとんも厚みがあって寝心地がよさそう。

なのに、先ほどからひどく私たちを苦しめているのは
ただならぬ車内の蒸し暑さである。

すでに全身びっしりと汗をかき、べったりとしたTシャツやズボンの湿り気が気持ち悪い。
窓が締め切られているので汗が引かないのだ。
どうやら運の悪いことに、私たちの席にある窓は壊れているらしい。

窓さえ開けば、走行中は多少風がくるだろうに
それが叶わないサウナのような状態の車内で
みなタオルを振り回して微風を顔に送ったり
そのタオルで流れる汗をぬぐっている。

寝苦しいので横たわって本を読んでいたが、
何時ごろだろうか、消灯されたので本を読むのをあきらめ
何度も汗をぬぐいながら眠る努力をした。
赤ちゃんが苦しそうにぐずる声がなかなか収まらない。


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【2008/07/30 19:05】 | 13か国目★ウズベキスタン(08.7/29〜8/9) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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