はじめに
20代にできなかった世界旅行を、30歳で彼氏と一緒に!と
2008年2月29日に出発した世界一周旅行。
旅行日数のべ425日、2009年4月29日に帰国いたしました!
最終地のハワイで彼氏は旦那となり…
準備期間から旅行中のあれこれ、事後報告など右のカテゴリ別にご覧ください☆
 
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外蒙古から内蒙古へ
昨日の夜8時ごろにウランバートルを出発した列車は、
朝の7時すぎに中国との国境エレンホトに到着。

中国側から来たときは、3時間も待ち時間があったけれど
今日は1時間半ぐらいで列車が出発。
パスポートチェックもスムーズだった。

しばらく走って、今度は中国側の国境に到着。
私たちはここ、二連で降りるのだけど
列車内でのパスポートチェックtが終わらないと降りられない。

荷物チェックを、行きの出国時よりもしっかりじっくり行っていたようで、
あちらこちらから、パソコンの起動音と電源を切る音が聞こえる。
そんなところまでチェックしているのだろうか?

でも私たちの時には、バックパックに鍵をしていたのを見ると
面倒くさいと思ったのか、あけなくてもOKと言われた。

二連の駅1時間半ほど停車。
やっぱりこの国際列車は、国境で都合3時間は待たされることになっているようだ。

思えば、今回これで3回目の中国入国となる。

1回目は香港から広州に入り、ベトナムのハノイまで抜けた。
2回目は、香港から新センに入り、シャーメン、上海、北京と北上しモンゴルへ抜けた。
3回目の今回は、二連から西安へ向かい、シルクロードを西へ移動しキルギスへ抜ける予定だ。

こんなに細切れになってしまったのはビザの問題が大きい。
今回も、15日間でキルギスへ抜けなくてはならない。
順調にいくといいけれど。

さて、無事開放され二連の街へ。
少し小雨が降る中、駅前には北京行きのミニバスの客引きがワサワサしている。

我々の目的地は、西安なので国内線の切符売り場へと向かう。

初めて体験する、ほかに客のいない切符売り場。
カウンターのお姉さんも面倒くさがらずに筆談でいろいろ教えてくれた。

それによると、西安までは明日の集寧南発しかないとのこと。
集寧南までは、明日の朝発の列車もあるけど、接続時間が20分しかないので
バスで行ったらいいんじゃない、ということだった。

これまで中国の列車はほぼ時間通りに発着していたので
20分の接続時間で十分だと思ったけど、こっちの人がそういうんだからと、
明日の集寧南~西安のチケットだけ購入し、
長距離バスターミナルを探すことにした。

駅からは結構遠かったけど、なんとか発見。

このバスターミナルから、北京まで180元だった。安いな。
詳しくは見ていないけれど、モンゴル内にも行けそうだ。

発車時間まで間があるので、食事をすることに。
モンゴルの最後の方は、中華料理が恋しくなっていたので食事が楽しみだ。
だけど、ここも内モンゴル。モンゴル料理屋が多い。

モンゴル料理屋で、羊肉には目もくれず、野菜炒めなどとごはんでランチにした。
やっぱり白米とおかずスタイルが好きなのだな、私たちはと実感する。

時間が来たのでバスに乗り込む。
バスが走り出し、草原へと入ったころで所々
妙なオブジェがところどころにあるのに気が付いた。

モンゴルに続いて、またもや恐竜である。

もしかしたら、ゴビ砂漠では恐竜の化石が多く見られるようなので
それにあやかっているのだろうか。

列車だと横に着いている窓からしか眺めが見れないけど
バスだと正面の景色が見れるので好きである。

あいにく雨だったけど…
4時間半のドライブで、集寧に到着した。

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【2008/06/20 00:46】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
集寧から西安へ
昨日、バスは草原の中の小さな町をいくつか過ぎて集寧へたどり着いた。
周辺の町に比べるとかなり大きな町のようだ。

ここには西安への乗り継ぎのためだけに訪れた。
到着したバス亭からは、集寧南駅まで目と鼻の先だったので
昨日は駅近くの酒店に1泊したのだった。


ガイドブックなどの地図だとこの街の名前も駅名も載っていないので
最初はここがどこなのかさっぱり分からなかった。

だが昨日、バスターミナルの地図でみたところ、
集寧は内モンゴルのバスルートの要所っぽかったので
おそらく、大きな道路が交わっている鳥欄索布の近くなのだと思う。

この辺りは万里の長城の外側で、
まだ内モンゴルに属しているエリアだ。

外モンゴルが中国から独立を果たしたのに対して
内モンゴルは未だ独立を果たせていない自治区である。

街中の看板にも、漢字の上にモンゴル文字が併記されている。

モンゴル文字はウイグル文字を元にしているそうで、
ウランバートルでも、二連でも、そしてここ集寧南駅でも
駅にはモンゴル文字表記が併記されていた。

だけどウランバートル市内ではあまり見かけなかった気がする。
ちょっと調べてみたら、内モンゴルで主に使われている文字のようだ。


さて、駅の入り口でいつものように荷物のエックス線チェックをすると
何かがひっかかった。初めてのことである。

手のひら大ぐらいの何かが問題になっているらしく、
その場で荷物を空けさせられる。
どうやら、バリで買った虫除スプレーの缶を何かと勘違いしたようで
結局オーケーだった。

後で駅に書いてある注意書きを見てみると
殺虫スプレーは持ち込み禁止とあった。
私たちが持っていたのは虫除けだからこれではないのだけど
今更ながら持ち込みが禁止されているものがあることをはじめて知った。
ちなみに、荷物の持ち込み重量の制限もあった。

さて、乗り込んだ列車はいままでになくボロい。
どうやらフフホト鉄道局の車両のようでで、
お茶の給湯器は木炭で火を起こすタイプの旧型車だ。

いつものように、列車内で弁当を買って食べたり
1日かけてスタインベックの「きまぐれバス」を読んだりして過ごす。

この本はタイトルからフワフワした物語を想像していたのだけど
1冊まるごと登場人物の人物描写につぎ込んだ
動きの少ない作品だった。おもしろかったけど。

明日の昼前には西安に着く。


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【2008/06/21 17:19】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ツイてない西安
11時ごろ、列車は西安駅に着いた。雨だ。

とりあえず、次の目的地である敦煌までの切符を買おうと
チケット売り場の長蛇の列に並ぶが、
自分の番になって、ここじゃ駄目だと門前払いされてしまう。

ちょっと疲れたので、時刻表を3元で購入し、
視界に入った駅前のミスターリーという
チェーン店っぽい牛肉面屋でランチしながら相談することにした。

食事を終えて、コーヒーを飲みながら一息ついたとき、
荷物の整理をしていた相方が、ニンテンドーDSが行方不明なことに気が付いた。

そういえば、列車の中で「信長の野望」をとうとう全国統一した相方に代わって
私が「シムシティ2」で古代の都市整備をしていたときに
電源が切れ、壁側に置いてそのまま眠ったのを覚えている。

あー列車に置いてきてしまったのか!

責任を感じた私は、駅に戻って
出口からとめどなくあふれてくる人の波に逆らいながら
駅員さんに忘れ物があることを筆談してホームにもう一度入れてもらった。

私たちが乗ってきた列車は、新しい乗客を乗せもと来た道を帰るようで
幸いなことにまだホームにいた。
ここでも筆談で駅員さんにお願いして列車の中に入らせてもらう。

私が使っていた号車の、寝台座席に向かうけれども
すでに清掃された後でDSの姿はなかった。

ということは、清掃員の人が見つけたかもしれないので
別の駅員さんに声を掛けて忘れ物のことを訴えてみた。

その人は私たちが乗ってきた列車の駅員さんにも話をしてくれたけど
結局見つからず。

仕方ない。

あきらめて、相方にごめんねを言ってチケット売り場へと向かった。
長蛇の列に並びぶと、今度は買えた。
敦煌まで、硬臥の上段でひとり335元(約5400円)なり。高いな!

でもこれでやっと安心して宿へと向かう。
路線バスで鐘楼まで。
今日はこの近くの青年旅社に泊まることにしたのだ。

鐘楼はロータリーになっているので迷いようがない。
なのに、駅を乗り過ごしてしまう。どうしてだろう。

逆方向のバスを待つより歩いた方が早そうだったので
雨の中、一駅分を歩いて戻る。
バックパックを持っているとバスの一駅分がやたら長く感じる。
悪いことは続くもので、ツルッと足元をとられついにコケた。とても痛い。

なんとかユースにたどり着き、ドミトリーに泊まる。
人生初ドミトリーだけど、中国の寝台車に何度も乗っているので
そんなに特別な感じはしない。

中国の硬臥はカーテンなしの3段ベッドが並んでいるので
寝返りを打つと隣のベッドで寝ているおじさんの寝顔が見えたりするのだ。
それに比べると自分のスペースであるベッドが広いし、
シャワーも浴びれるので居心地いいぐらいだ。

夜になって、アメリカ人と見られる中年女性の起こした小さなトラブルにより
ちょっと面倒な気分にさせられたけど、
個人部屋じゃないから多少面倒なのことがあるのは仕方がない。

一休みして、西安の城壁が見たかったので西門に向かった。
入場料を払って城壁に上る。おお、これは立派だ。

西安の中心地は、この城壁でぐるりと囲われている。
そしてこの西門がかつてのシルクロードの東の果てということになるのか。
遣唐使たちもこの城壁を見たんだなーと思うと
ちょっとゾクゾクする。
今は、高層ビルも建っている西安ではあるが。

帰りに鐘楼の近くにあるイスラム風の雰囲気をかもし出している小道で

焼き餃子を食べ歩いたり、
西安名物という羊肉泡膜を食べたりする。

羊肉泡膜は、ナンを小さくちぎったものにスープを掛けて食べるもので、
お客がナンをちぎらなくてはいけないということを聞いていたのだけど
私が入った店ではすでにちぎられたナンが入ったスープが出てきた。

多少油っぽかったけど、悪くない、面白い味だった。
でも、わざわざナンを入れなくても麺か餃子の方がいいな。


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【2008/06/22 17:28】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
久しぶりの温泉&兵馬俑
今日は306番の路線バスで観光に行くことにした。
西安駅に着くと、「兵馬俑、兵馬俑」「306、306」と言っている人がいるが
ミニバスや偽バスでは行きたくなかったので
無視して駅東側にあるバスステーションを目指す。

あった、緑の306番バス。

予定では一番遠い兵馬俑で見学してから
バス道を 秦始皇帝陵 まで歩いて戻り、墳丘の頂上に上った後、
バスで華清池に戻り、温泉に入って帰ってきたいと思っていた。

でも英語のできる車掌さんが言うには、
兵馬俑からの帰りは直行バスになるので、
最初に華清池に行って、バスで秦始皇帝陵と兵馬俑まで行ってねとのことだった。

この時点で温泉に入ってから墳丘を登るのは気が進まないという理由から
秦始皇帝陵は車窓見学することにしたのであった。

バスは30分ぐらいで華清池へ到着。
入場料70元というから北京の故宮の見学料より高い。
でもここは、温泉に入てみたいのだからお金を払って入場するのだしょうがないのだ。

ここは楊貴妃の美しさに腑抜けにされ、唐を滅ぼしてしまったという
玄宗皇帝と楊貴妃の冬の別荘だったところで、
ここでお湯を楽しんでは宴会騒ぎをやっていたのだという。

なんだかなまめかしい楊貴妃の像。

そして、時代が代わり西安事変の折には蒋介石が幽閉されていた場所でもあるそうだ。
幽閉といっても、ここは温泉リゾートといった雰囲気のところだし、
蒋介石のバスルームも立派なものであった。

なにより、それこそ中国3000年の歴史ある温泉のあるところなのだ。

源泉は3つあり、現在は3番目のものが生きているようだった。
これは2番目の源泉。

きれいな水。いまはあたたかくないのかな?

皇帝たちが使った温泉の遺跡が見学できるようになっていて、
これは楊貴妃のお風呂。ちょっと小さめ。


資料館があり、なかなか興味深かった。

これは発掘された昔の水垢。

そしてなんとこの資料館の一角に、
兵馬俑の発見者であるというおじいさんがいた!
兵馬俑のお土産スペースにいるという話を聞いたことがあったのだが、
なぜか華清池で会えるとは!
サイン会をやっていたようだ。

さてさて、お待ちかねの入浴タイムである。

前回がタイだったから、温泉に入るのは1ヶ月ちょいぶりだなぁ。

うたい文句として「国家第一級温泉」とか書いてあるのを見た、
歴代の皇帝たちが入った湯だしと、実は期待していた。

30元で二人用の個室に入ってみたのだけど、
ぬるいし、ボロいし、入浴感のまったくないお湯。
これで入場料を入れて料金100元(1600円)というのは、正直割りに合わない。
みごとこれまでのワースト1温泉に輝いたのだった。
(詳細はホームページにてそのうちアップします)

華清池を出て、306のバスをつかまえ兵馬俑へ。
途中で秦の皇帝陵が右側に見えたけどスルー。
内部の発掘が進み、開放されたらぜひみてみたいけれども
今はただ墳丘を上ることしかできないと聞いていたからだ。

車窓からこんもりした山と、頂上へと続く長い階段が見えた。

その陵の東で発見されたのが、兵馬俑だ。

規模の大きさもさることながら、ひとつひとつの土像の精密さに驚く。

これは来たかいがあった。

帰りはバス停まで、無駄に広いスペースをひたすら歩かされた。
当初はショッピングセンターにでもする予定だったのに
失敗しちゃったんだろうなーと想像させられるような、寂しげな廃墟が続いていた。


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【2008/06/23 17:36】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
西安から敦煌へ
昨日は西安で老舗の餃子専門店「徳発長」でたらふく餃子を食べた。
西安では、餃子のフルコースその名も餃子宴が有名のようだったが
誰も宴っている人がいなかったので、普通にアラカルトでオーダー。

食事が終わったころ、服務員が
餃子湯とかかれた巨大ポットに入った飲み物を配っていた。
蕎麦湯みたいなものかと試しに飲んでみたけど、
ほんのり小麦粉の味がする白湯といった感じであまりおいしくなかった。


さて、西安駅は城壁の外側にあるのだけれど
駅から城壁内へ抜ける道が作られており、
車が通れるよう大きなアーチになっている。
2008062403.jpg
今朝出発するこの列車に乗れば、明日の午前中には敦煌だ。

風景は徐々に変化し、
粘土質そうな大地を真平らに成型したのであろう
段々畑や住居が見えてきた。
なんだか美しかったが、写真に収めることができず。



西安は、茶色い印象の地方都市であった。
イスラム文化が多少見られはするが、まだ中国。
と、西に行けば行くほどそう思い返すのだった。


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【2008/06/24 14:08】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ここは観光地、敦煌
昨日寝る前には、窓の外にまだ緑が広がっていたのに、
朝起きたら砂漠になっていた。

この列車は敦煌駅に向かっているのだが、
敦煌駅というのはちょっとややこしい遍歴があり
私たちも最初は頭がこんがらがっていた。

というのも、私たちが到着する敦煌駅は
実は今年のゴールデンウィークにオープンした新しい駅だったのだ。

しかし、以前にも敦煌駅は存在していた。
市内から130キロほど離れた柳園駅のことだ。

柳園駅は、2000年ぐらいから敦煌に一番近い駅ということで
敦煌駅に改名していたらしい。
だから、そのころ敦煌に旅行していた人は
柳園駅のことを敦煌駅といい、
そこからバスで2時間かけて市内にたどり着いていた。

市内から10キロほどのところに新しく敦煌駅ができた現在では、
柳園駅はかつてのの名前に戻り、柳園駅としてそのままそこにある。

これが新しい敦煌駅。ピカピカである。

駅から市内へは路線バスがあり、市内まで3元。
同じバスで駅から莫高窟まで5元で行けるということも分かった。

バスに揺られること15分ほどで市内へ。
街はこざっぱりしていて、バスターミナル周辺にはホテルが立ち並んでいる。
しかしどう見ても、観光客が少ない。供給過多の様子。
小奇麗なホテルが多いが、値段を聞くとかなりディスカウントしてくる。

英語のしゃべれるお姉さんがいる二つ星ホテルで
ツインルームが120元というのでチェックイン。
広くて冷房も効いていい部屋だった。

一休みしてから、観光スポット的な屋台外で昼ごはんを食べる。
名物っぽい判面というのと、もうひとつ麺料理を注文。
すると、あんかけうどんと焼きうどんが出てきてビックリする。

なぜなら、昨日列車のなかで暇に任せて
相方と「今何が食べたいか」を言い合いながら
ぶっかけうどんか、かまたまうどんをツルツルっと食べたいねー
なんて話していたのだった。

ナイスタイミング、敦煌。
惜しいことに、麺はもろにうどんなんだけど
両方ともケッチャップっぽい濃い目の味つけだった。

しばらくすると、うどんをこねてた店主っぽいおっちゃんが、
何か液体をジョッキにくんで、これを飲めよとテーブルに置いた。

値段を聞いたら4元というので、イランイランと手を振ると
じゃー2元にするから飲みなさいよと言うので
確かにのども渇いていたし、しょうがないから飲んでみた。
そうしたら、これがとてもおいしい!
たぶん自家製の杏ジュースだ。

お腹がいっぱいになったところで、
明日の列車のチケットを買おうと、市内のチケット販売所へ行ったが
ちょうど休憩時間だったので買えず。

その足で莫高窟へ観光に行くことにした。

バスターミナルではおばちゃんがたむろしており、
私たちを見かけると「モーゴークー?」と聞いてくるので
そうだと言うと、ここからバスで行けると教えてくれた。

さらに、あっちで水を買うと5元するから、
こっちで買ってから行った方がいいよと
なんと私たちが水を買うまで付いてきて、
店の人と値段を交渉したりしだした。

もしかして、一緒に付いてきてガイド料とか請求されたら嫌だなぁと
警戒モードに入ったら、やはり同じバスに乗り込むではないか。

どうしようと思っていたら、バス料金を収集していたので
単に世話好きの車掌だったようだ。
疑ってごめん。

莫高窟は、中国で最初に世界遺産になった場所らしい。
以前から来たいと思っていたところだ。

それにしても、入場料が外国人180元(約3000円)とバカ高い。
かなり迷ったが、せっかく来たのだからとチケットを購入した。

いざ石窟の前まで行くと、どうやらゲートの外側が遊歩道になっていて
遺跡の外観はある程度チケットなしでも見えるようになっている。

一つ一つの石窟は保護され、扉に鍵がかかっているのだが
例の入場料を払えばガイドと一緒にいくつかの石窟を見学することができるということようだ。

貧乏人の私たちは、入場ゲートに入る前の外側だけを見て、
写真を撮ったりしてから(中に入ってしまうと写真撮影できないようだ)
チケット売り場に戻り、結局360元を払い戻ししてしまったのだった。

1時間程ウロウロしただけなのに、砂漠の強烈な太陽のせいか気分が悪い。
木陰のベンチで少し横になってから、バスで市内へ戻った。


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【2008/06/25 14:20】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
敦煌、石窟再び
敦煌はとにかく暑いし、街は観光地観光地しており
長居する場所ではなさそうなので、
今日の夜の列車でトルファンに移動することにした。

まず、市内の列車チケット売り場で
今日発の柳園~トルファンの硬臥チケットを購入。

市内からは敦煌駅のほうが便がいいのだけれど
よく見ると敦煌~トルファンの料金は、柳園からの料金の約2倍!
柳園までバスで2時間かかっても、バスチケット代はひとり20元と安いし
宿はバスステーションの近くだし、柳園まで行くことにした。

夕方の出発まで時間があるので、
もうひとつ石窟を見に行くことにした。

昨日はケチって石窟に入れなかったのがやはり心残りなのだ。
タクシーを拾って西千仏洞へ行くことにする。

町中には暇そうなタクシーが街にあふれているが、
何台か値段を聞いたところ、往復60元が妥当な線のようだ。
思ったよりちょっと高い。
結局、往復50元で行くと言うドライバーに乗せていってもらう。

敦煌の町を出ると、一面砂利の大地が広がっていて
向こうに砂山が連なっているのが見える。

若いドライバーは時速100キロで一本道を西へと進む。
途中で、日本製作の映画「敦煌」のロケ地が見えてきた。
ここは映画のために製作した時代村のようなところで、
今はテーマパークとして営業しているようだ。
しかも驚くことに、国家AAAランクの観光施設になっている。

これまで客家や兵馬俑がAAAAランクで、万里の長城がAAAAAだったけど
AAAぐらいだと大したことないのではないかという疑惑が浮かんできた。

運転手のお兄さんは明らかに道が分からない様子で、
途中誰かに電話したりして道を聞いていた。

一本道なので、曲がる寸前には看板が出ていて迷いようがないのだが
ちゃんと着いてよかった。

西千仏洞は、昨日の莫高窟と同じ北魏、唐時代のものらしい。
だけど規模が小さいためか観光客がまったくおらず、
チケット売りの人もスイカを食べながら出てきてゆるーい感じが漂っていた。
2008062604.jpg
けだるそうに、扉の鍵を開けて案内するスタッフと、
なぜか我々についてきて一緒に見学するタクシーの運転手。
彼は初めてここに来たっぽかった(見学代は我々30元、彼はタダ)。

いくつか石窟を見せてもらったが、中はひんやりしていて気持ちいい。
そして、彩色豊かな壁画がほどこされている。

きっと莫高窟の内部ももそんなにかわらないはず。
と自分に言い聞かせながら、西千仏堂を出た。
来てよかった。

市内に戻り、まだ時間があるので
砂山の近くまで行ってみることにした。

バスターミナルの前から、月牙泉までの路線バスがあったのを昨日チェックしていた。
バスに乗ると、整備された道は、一直線に砂山の前まで続いている。
あっという間に終点に着き、バス代1元。安っ!

道の終わりにゲートがある。
2008062602.jpg
無意味に壁が大きく作られており、
ここから先が砂漠ですよ~
でも、お金払わないと見せてあげませんよ~
といわんばかりの意地悪な設計がされている。

もちろん、チケットを買わないとここから砂山には入れない。
チケット代はひとり120元(2000円)。
プラス、ラクダに乗るのに30元とかチョコチョコと徴収したがるのが中国流だ。

さっき、タクシーで横目に砂山を見ながら走ってきたし、
まさか砂漠全体を塀で囲っているわけでもないだろうから
入れる横道なぞが絶対あるだろうけれども。

私たちはもともと今日は砂山に登れるような装備もしてこなかったし
そんな高いお金を払って入る気はさらさらない。

悔し紛れに、ゲートの外から写真だけ撮る。

とてもきれいな砂山だ。

別にいいもんねー。砂漠は、別の国でもっと満喫してやるんだから!
とつぶやきながら、来た道をバスで戻ったのだった。

そうそう、敦煌では
敦煌ラーメンという看板をよく見たのだが、
食べてみると、想像していた日本のラーメンとは
まったく別の代物だった。

ラーメンの麺を作るおねえさん。


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【2008/06/27 14:27】 | 中国再再再訪(08.6/20〜7/3) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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