はじめに
20代にできなかった世界旅行を、30歳で彼氏と一緒に!と
2008年2月29日に出発した世界一周旅行。
旅行日数のべ425日、2009年4月29日に帰国いたしました!
最終地のハワイで彼氏は旦那となり…
準備期間から旅行中のあれこれ、事後報告など右のカテゴリ別にご覧ください☆
 
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あなたのこと全然知らないけれど、好きになりそうかも。リマ。
昨晩、事前にお願いしていた送迎車に乗り込み、
宿に着くと、さわやかな感じでオーナーのぺペさんが迎えてくれた。

リマでの宿は
●ペンシオン当山
日系3世で、日本語堪能な当山ぺぺさんの宿。
ツイン風呂トイレ共同30ドルと安くはないけど(風呂トイレ込みの部屋もある)、
高級住宅街にあって安全そうだし、いろいろ旅行の手配をしてくれるので
南米初心者には頼りになりそうなところである。
朝食つき。お茶飲み放題。洗濯無料サービス。
日本の小説やガイドブックも多く、NHKも見られる。リビングでWIFIフリー。

空港のATMが使えなかったので、
宿の近くのATMやスーパーを教えてもらい、
さっそく、荷物を置いて外に出てみた。

もう夜の9時近かったのだけど
このあたりは夜に出歩いても大丈夫だという。

確かに地元の人は普通に出歩いているし、ポリスも巡回している。
思ったよりも安全そうなので、少し安心した。

夜は半袖ではちょっと涼しいぐらいだけど、あくまでさわやかである。

冬のスペインから来た我々にとっては、
気持ちのよい薄着になり、ビーサンで夜風に当たれば
体も心もなんだか軽い。

とはいえ宿に戻ってくると、体感時間は夜中であるためベッドに入ると吸い込まれるように眠りについた。

そして今朝はといえば、6時前には目が覚めてしまう。
体はまだ疲れていて眠り足りないのに、目が冴えて眠れない。
これは完全に、時差ぼけである。

どうせ今日は土曜のため郵便局も博物館も開いていないので、
一日のんびり休養することにした。

リビングには日本語の本もたくさんあるし、居心地がよい。
年配のお客さんも多いようで、いろいろ話を聞いているとおもしろいし。

部屋に篭っているのももったいないけれど、
どこにも行く気がしないので、とりあえず昼ごろ近所のスーパーまでぶらぶらする。
2009013002.jpg
たくさんのフルーツが並んでいて、さすが常夏の国だと思う。

醤油や日本のカップラーメンも売っている。
そうか、南米にはたくさん日系人が住んでいるんだ。と思い出す。
ペルーといえば、フジモリ大統領がいた国だ。

宿の近くには日本大使館や日秘文化会館という施設もあり、
このあたりは日本人の多く住むエリアらしい。

だからかもしれない。

昨晩ふらりと散歩したときも、そして今日も、
なんだかすごくリラックスした心地よさを感じている。

相方が、「ちょっとハワイの田舎っぽい感じがしない?」と言ってびっくりしたのだけど、
私も、ハワイにいるときと同じような居心地のよさを感じていたのだった。

リマの人口の半数ほどが、インディヘナと呼ばれる先住民とスペイン人の混血だそうだ。
そのインディヘナたちの先祖は我々と同じモンゴロイドだという。
肌の色が濃い褐色なのだけど、親近感のわく顔立ちと体型をしているのだった。

そして誰もが、驚くほど素敵な笑顔を見せてくれるのに、ちょっとした感動を覚える。

うまく言えないのだけど、同じ温暖な気候でも、アジアとは、やはり雰囲気が違う。
ここはアメリカなのだ。
西洋人が支配し侵略してきた大陸。

とくに南米のことを、私はあまりよく知らない。
だからこそ、これからはじまる旅行でどんなことを知り思うのか、とても楽しみなのである。
2009013101.jpg
よくみかけるインカコーラとそのパクリコーラ?
味はクリームソーダ。

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【2009/01/31 09:26】 | 32か国目★ペルー(09.1/31〜2/8) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
おばちゃんたちがくるくる回るリマのパレード。
今日はタクシーでセントロの方に行ってみた。

旧市街の中心だというアルマス広場に向かったのだけれど、
途中で人の波にぶつかって遠回りを余儀なくされた。
デモでもやっているのかなぁ。

交通規制がされていたので、
広場の側まで来ていることは分かったから途中で車を降りて歩いてみた。

どうやら人の波は、パレードのようだった。

近づくにつれ、大音量の音楽がきこえてくる。
かなり大掛かりなパレードのようだ。

カテドラルがそびえるアルマス広場はパレードの順路になっていて、、
たくさんの見物客が石段に腰掛けて楽しんでいた。
2009020101.jpg
どれも衣装がきらびやかで、おもしろい。
見ていると、だいたい最初にスカートをくるくる回しながら踊るおばちゃん軍団が登場する。
2009020102.jpg
それから、被り物をかぶった男性の集団、、
男性だらけの楽器隊と続いて、
2009020103.jpg
セクシーなミニスカートで腰をくねらせながら踊る若い女の子集団。

これらで1つのグループになっているようで、衣装もなんとなく統一されている。
次から次へと何グループもやってくるのだ。
どういう団体なんだろう。村ごとの集団か、それとも教会か。
どうやら、キリスト教関係の祭のようである。

そもそもブラジルをはじめ、南米のカーニバルというのは
キリスト教徒がもちこんだ謝肉祭のことであり、
これに地元の宗教観念が融合したもののようだから、
もしかしたら、このパレードもカーニバルの一部なのかもしれない。
今日からちょうど2月に入ったし。

キリスト教といえば、スペイン人がペルーのインカ帝国を滅ぼしたのが15世紀。
人々を土着の宗教から改宗させ、異教徒を迫害していた事実を目の当たりにできるのが
セントロにあるラ・インキシシオンであった。
等身大の人形が、異教徒への拷問の様子を再現していた。
2009020105.jpg
現在、ペルーでは95%がカトリックだという。
リマの丘の上には大きな十字架が建っているし、
タクシーの運転手はバックミラーにロザリオをかけている。

もしかしたら、日本もこんな風にキリスト教化していた可能性もなくはないと思うと複雑な気持ちだ。

話を戻して、パレードで気になったのは、やたらと目立つおばちゃん軍団。
2009020104.jpg
なぜなら、彼女たちは、ほとんど皆同じ体型をしているのだった。
みんな、コロンとしているの。で、がんばって踊っている。
おそろいの衣装を着ていて、身長も大体同じで、同じスローな動きで行進している様子はなんだか微笑ましい。

それに比べて、若い女の子は、みんなスリムで
超ミニスカートから惜しげなく足やパンツ(というかそういう衣装なんだろうけど)を出して
私を見てみてーという感じで踊っているのだけど、
こんなスリムな子が、年をとったらくだんのコロコロしたおばちゃんになってしまうと思うと
なんだか不思議だし、少し悲しい気持ちもする。

それにしても、リマの建物はカラフルだ。
黄色にピンク、青緑。教会まで赤かったりして面白い。

このあたりにある、植民地時代にスペイン人が立てたコロニアル建築は
世界遺産になっているようだけど、
おもしろいことに、イスラムの香りが少し漂っていたりする。
木製のテラスだったり、中庭だったり。

それは、ちょうど建設当時の17世紀前後に勢力を誇ったセビリア風ということらしい。
このあたりも興味深い。


スペイン式なのか、食堂ではセットメニューの看板をよく見かける。
そのなかのひとつで食べてみた。
前菜、メイン、ジュースとゼリーが付いてひとり6ソル(約180円)程度と安い。
2009020107.jpg
前菜は、セビーチェという魚介類のサラダみたいなものと、ポテトサラダみたいなものを注文。
メインは、鶏肉のソテーと、牛肉のステーキが乗った緑色のスパゲティ。
すごいボリュームだ。しかもおいしい!

その後、セントロにある中華街にも行ってみた。
2009020108.jpg
すごく小さな中華街だったけど。

ちなみにペルーでは数年前に日本移民100周年を迎えている。
リマの中国人移民の歴史は、日本人移民の歴史よりも長いらしい。
街中でもCifaと書かれた中華レストランをよくみかけた。

スープヌードルがあったので、すごく食べたかったのだけど、お腹いっぱいで断念。
久しぶりに太陽に当たって疲れたので、新市街には行かず宿に戻った。

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【2009/02/01 23:36】 | 32か国目★ペルー(09.1/31〜2/8) | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
リマから日帰りナスカツアー
待ちに待った月曜日になった。

本来なら、郵便局に行って、
日本からの荷物がどうなったか確かめるべき日である。

だけど、連日ネットでEMS追跡をチェックしているのだが
荷物は日本から出発したきり、ペルーに到着した気配がない。

通常は送り先の国に到着後、税関を抜けてから配送となるため、
まだペルーにも着いていないとなると、
ここからの長丁場が予想される…。

それならどうせ郵便局に行っても、届いていることはまずありえなそうだ。

そんなとき、ナスカへの日帰りツアーに行く日本人が2人いるから
一緒に参加しませんか?4人だと料金が安くなるよ。
というぺぺさんからの提案があったのが数日前。

マドリッドで10日間、荷物を待つだけの不毛な日々を過ごした私たちは、
少しでも待機の日々を有効に使いたいと考え、このツアーにジョイントすることにした。

安くなるといっても、2人参加での料金がひとり320ドルぐらいで、
4人だと300ドルになるということだから、ふたりで600ドル。
我々にとっては結構な出費である。

というか、1日2人で1万円を予算に旅行している我々にとって、
一気に1日で600ドルも使ってしまうというのは、
よく考えてみればこれまでで一番の贅沢出費である。

だけどおかしなことに日本人宿に泊まって貧乏旅行の感覚が鈍ったのか、
マドリッドでのトラウマがよっぽど尾を引いているのか、
カーニバルまでにブラジルを目指す私たちにはペルーでの日数が限られているため
もしかしたらこのままリマで足止めされるとナスカに行けないかも…という不安感からか、
おそらくその全部がまぜこぜになった精神状態から、
ふたりとも恐ろしいほどあっさり参加を決めてしまったのであった

とはいえ、ATMで一気に引き出した現金を見た時には一瞬ひるんだけれども。
この日帰りツアーに行くということは、旅行日数を6日縮小するのと同じことなのである。


ともあれ、これでペルーで行きたかった場所のひとつ、
ナスカの地上絵を見るという目的は達成することができそうだ。

ワクワクしながら昨日は眠り、3時半に起床。

ナスカまでは車で6時間かかるので、4時半に宿を出発することになっているからだ。

時間通りに車は出発。
もともとツアーに参加予定だったふたりというのは、
50歳代思われる神戸の居酒屋マスターと、同年代の千葉のエンジニア青年であった。

それぞれ、ぺぺさんに手配してもらった行程で、ひとり旅を楽しんでいるようである。
特にマスターは日本でスペイン語も勉強し、
この南米旅行をとても楽しんでいる様子だった。
その証拠に、早朝だというのにとてもテンションが高い。

そんな我々を乗せ、車は右手に海岸を見ながら南下し3時間。
パラカス港に到着した。

今日はまず、ここから、バジェスタス島へのボートツアーにも参加してしまうのだ。

ボートが出発するまで30分の待ち時間があったのでビーチを散策していると、
ペリカンを餌付けしているおじさんがいた。
2009020201.jpg
おお、と思って写真を撮ったのだけれど、
この後に遭遇する光景に比べたら、こんなものはたいしたことはなかった。
2009020202.jpg
というのも、
2009020204.jpg
これ全部鳥。

バジェスタス島はリトルガラパゴスとも言われているらしく、
アシカやペンギンが見られると聞いていた。
2009020205.jpg
いるいる。たくさんいる。
特に海鳥たちの量といったら半端ではない。
2009020206.jpg
アシカは集団でうるさくいなないている。

ボートで2時間ほどみっちりと、この光景を堪能しました。
私は別に鳥恐怖症でもなんでもないけど、ちょっとした恐怖心を感じてしまった。
そして、おそらく鳥の糞だろう匂いと、ボートの揺れで最後はグロッキー状態に。
2009020210.jpg
バジェスタス島に行く途中、ボートはカンデラブロにも寄ってくれた。
これは、海沿い全長189mの大きさで書かれた地上絵で、
ナスカと同じプレインカのものらしい。

さて、ボートを降りて車に乗り込み、ナスカへと向かう。
田園風景をすぎると、荒涼とした砂漠へと風景は変化し、
ペルーの風土の豊かさに驚かされる。
朝いたリマではサーフィンだってできるのだ。

13時ごろ、ナスカの大地をつっきるパンアメリカン・ハイウェイ沿いにある
ミラドールに到着。
2009020207.jpg
これは地上絵の研究家が建てた展望台なのだ。

車から降りると、すさまじく熱い。
アメリカのアリゾナで感じたのと同じ、焼けるような太陽光線に肌の危険を感じる。

1ソル払って、上に登らせてもらう。
おお!
地上絵の、「手」と「木」が見える。
2009020208.jpg
木の一部。

…思ったより小さい印象。
だけど曲線は、とても美しい。

ミラドールを降りて、地上絵のあたりを見てみるけど、
わずかに溝があるぐらいで、ここに線(絵)が描かれているとは思えない。
足でシャシャシャと砂を蹴ったら、すぐに消えてしまいそうである。
こんなものがよく、壊されずに放置されていたなぁと思う。

と、ふと空を見上げると、信じられない勢いで
セスナが旋回しているのが見えた。

きっと、地上絵が窓からよく見えるように機体を横に倒しているのだろうけど、
まるで曲芸である。

え、あれに乗るの!と、ちょっと怖気づく。

いよいよ、ナスカの空港へ移動し、セスナに乗るときがきた。

4人で仲良く1台のセスナに乗ることになった。
みんな窓側。

すごくドキドキする。けど、その気持ちを無理やりワクワクに変える。
他のひとも同じみたいで、妙にハイになっている。
レッツゴー!

意外と、高度が低くて安心する。そんなに怖くはない。

最初に見えてくるのは、クジラのはずだ。
乗る前にもらった案内図を見ながら、必死に探す。
2009020209.jpg
あ、あった!これ?小ちゃいなー!という印象。
あえて拡大せずに。実際こんな感じに見えます。
2009020212.jpg
次は三角形。
きれいな三角形は、ほかにもたくさんあった。
滑走路のように、まっすぐ伸びているものもある。
2009020211.jpg
さて、次は丘の上に書かれた宇宙人である。
これは、他のものと比べて絵のタッチが違う。
子供の書いた絵のようで、誰かがいたずらしたんじゃないのーと思ってしまうぐらい。

でも後で、ナスカよりも古いというパルパの地上絵を写真でみたら、
この宇宙人と似たような絵がたくさんあったので、パルパの時代のものなのかもしれない。
どちらにしても、ガチャピンに見える。

こんな感じで、犬や猿、コンドル、蜘蛛、ハチドリ、
2009020214.jpg
先ほど地上から見た手と木も回って、
フラミンゴ、ペリカン、オウムを見て戻ってきた。

ハチドリがいちばんきれいだったな。
グーグルマップでうっすら見れます。

案内図に描かれていたもの以外にも、絵はたくさん描かれていて、
意味不明な直線も多かった。

ひとつひとつの絵は思ったよりも小さくて、こんなものかと思ったけれど、
実際に地上に立てばその全体像が分からないほど大きいのだ。

しかも、これを作った人たちは全体像を見るすべがなかったのだし、
それが300もの集合体とくれば、やはり謎の絵なのである。
私は、これは道なのかもなぁと思った。

パイロットは、それぞれの絵のところで親切に右旋回、左旋回を繰り返し
どちらの窓の人にも見えるようにしてくれたので、
最後の方は想定の範囲内ではあるが、気分が悪くなってきた。
2009020213.jpg
飛行機を降りたときには、けっこうヘロヘロであった。
もう15時なのに、ランチを食べていないから空腹のせいかもしれない。

車に戻って、渡されたランチを食べると、ちょっと元気になった。
でも食べていたのは私と相方だけで、
他のふたりは食べる気がしないといっていたけれども。

後は一路リマへドライブ6時間コース。
宿に到着したのは、夜の9時になっていた。

結論。
ナスカの日帰りツアーは値段が高いし少しシンドかったけど、
どうしても地上絵を見たいけど時間がない我々は行ってよかったと思っている。


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【2009/02/02 03:39】 | 32か国目★ペルー(09.1/31〜2/8) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
リマで荷物を受け取る
平日になったので、近所の日秘文化会館ににあるという
日本人移住資料館を見てみたいし、
日本語のツアーがあるという天野博物館にも行きたいし、
新市街のミラフローレス地区にも行ってみたい。

しかしなにはなくとも、今日はまず郵便局だ!

もし万が一、今日荷物が届いていたら、
明日は飛行機でクスコへ飛んでしまいたいと思っている。

だから先にあげた観光スポットには
今日の午後、全て回るつもりで綿密な計画をたてた。完璧である。

中央郵便局のあるセントロまで、この間はタクシーで移動したのだけれど、
そこまで物騒な感じはしなかったので、
今日はコンビという乗り合いバスで行ってみることにした。

これは失敗だった。
バスはちょっと走ってはすぐに止まるし、渋滞に巻き込まれて
セントロまで1時間ぐらいかかってしまった。

バスの窓から、街を歩く女の子を観察する。
グラマーな子が多い気がする。小柄だけど、けっこうムッチリしてる。
ヨーロッパの血が入っているからなのかなぁ。

昨日、宿の日本人に、
ネックレスは引っ張られる可能性があるから外した方が良いよ、と教えてもらったのだけど、
意識して見ていると、大振りなピアスを着けてはいるものの、
ネックレスをつけている女の子は数人しか見かけなかった。
2009020301.jpg
ようやく郵便局に着き、EMSの番号を告げると、
係りの女性がなにか紙切れを持ってきた。

どうやら、荷物はもう届いているらしい!やった!

その代わり、中央郵便局ではなく、違う場所に取りに行かなくてはならないようだ。
中央郵便局留めにしたのになぁ。。。

紙に書かれた住所がどのあたりなのかさっぱり分からないので、
タクシーをひろって住所のところまで行ってもらうことにする。

タクシーは「治安が悪いから行かない方がいい」といわれていた
橋を渡って北の方にどんどん進んでいく。ちょっと不安になる。

20分ぐらい走って、目的地に到着。
どうやら大きな小包はここで引き取るシステムになっているらしく、
地元の人もたくさん順番待ちをしていた。

インフォメーションで聞くと、記入用紙を渡された。
でもスペイン語だし、全然わからないので、インフォのお兄さんに書いてもらう。

そして窓口に行って、郵便局で渡された紙を見せると、
パスポートを提示しろといわれる。

貴重品やパスポートは宿に置いてきているので、コピーを見せるけれども
カウンターのお姉さんは、コピーじゃダメだと引かない。

うー。泣く泣く宿まで取りに戻る。
4時までやってるからね、というような事を言われた。急がなきゃ。

このときすでに1時すぎ。お腹空いてるけど、ランチ抜きを覚悟した。
タクシーで30分かけて宿に戻って、また30分かけて郵便局に向かう。

日秘文化会館は時間的にもう無理だけど、
今朝、電話で3時半のツアーの予約をした天野博物館にはできれば行きたいものだ。
戻ってきて1時間で引き取れれば、ギリギリ間に合うんだけど…。

しかしそれは甘い考えだった。

1時間後に郵便局にもどると、先ほど受付にいた見覚えのある外国人がまだ待っていた。
ということは、私たちの荷物も、1時間じゃ出てこないってことかもしれない。
2009020302.jpg
3時になり、4時になり、外の扉が閉まった。
受付は終了だけど、すでに受付した人に関しては処理を続けてくれるようだ。よかった。
しかし天野博物館には、もう行けない。
キャンセルの連絡もできず悪いことをしてしまった。

ずっと見ていて、荷物引渡しの手順が分かってきた。

1、書類に記入して受付に渡す
2、係員が書類をチェックして、番号札を渡す
3、自分の名前が呼ばれるのをひたすら待つ(私たちは今ここ)
4、倉庫から荷物が運び込まれ、名前を呼ばれる
5、ガラスを隔てて、荷物を開封される。中身チェック。
6、開けた荷物を再び梱包してもらい、またしても順番待ち。
7、名前を呼ばれたら受け付けにいき、必要であれば料金を支払い荷物を引き取る。

という感じで、ひとつずつ目の前で荷物を開封チェックしているから時間がかかっているようだ。

日本語が書かれたダンボールが目に付くし、
何人かの人の荷物チェックを横目で見ていると、日本のカップラーメンがでてきたりして
日系人が多いんだなぁと思う。

ついに私たちの番がきた。
持ち運びがしやすいように、安い布のスーツケースに入れて送ってもらったのだけど、
それをあけると一番にカップラーメンが目に入ってきた。
「みんな食べ物?」みたいな感じで聞かれたので、
「イエス!」と強く断言すると、それ以上中身を見ずに蓋を閉めた。

おぉ、適当な人でよかったー。
そして、日本の食べ物に免疫のある国でよかったー。

実はパソコンとか関税で問題になりそうなものが入ってなくはなかったのだ。
余分なお金を取られることもなく、無事荷物をゲット。

中身はほとんどこれから先のガイドブックなんだけど、
入れてくれたカップラーメンやセンベイを食べて嬉しい気持ちになったのだった。
2009020303.jpg
送ってくれた両親に感謝!


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【2009/02/03 12:20】 | 32か国目★ペルー(09.1/31〜2/8) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
高山病に気をつけろ!クスコ
昨日めでたく日本からの荷物を受け取ることができたので、
早速リマを発つことにした。

目的地はかつてのインカ帝国の首都クスコ。

時間があれば、リマーナスカーアキレパークスコと回りたかったのだけど
ちょっと無理そうなのでリマからクスコへ直行することにしたのだ。

その場合、選択肢はふたつ。
バスで20時間 or 飛行機で1時間

クスコは3399mの高地に位置しているため、
夜行バスでの移動は高山病の症状が出ることがありつらそうである。
なんでも、眠っている間に急激に高所に移動するとよくないようなのだ。

ということもあり、時間のショートカットも含め飛行機で行くことにした。

昨晩から、ナスカツアーで一緒だったマスターにもらった高山病の薬も飲んで準備万端である。

スターペルーで9時45分発のクスコ行きがあるので、
それに乗るため、7時に宿を出て空港まで送ってもらった。

チェックインカウンターの脇にあるブースでチケットを購入。
ひとり136ドル。
当日でも買えてよかった。実はちょっと心配だったのだ。

その後、AAのオフィスをたずねる。
世界一周航空券の、ルート変更をしてもらうためだ。
ところが、できないという。
なんでも私たちのチケットナンバーにアクセスできないそうだ。
予約も入れられないという。
よくわからないまま時間いっぱいまで粘ったけどらちがあかず
納得がいかないけどオフィスを去った。心配だ。


スターペルーの飛行機は1時間ぐらい遅れて出発した。
機内では飲み物とスナックのサービスもあり、うれしい。
2009020401.jpg
飲み物はもちろんインカコーラをお願いする。

約1時間でクスコに到着。
外に出ても、特に酸素が薄いとは感じない。
ただ、空気がキリッとしていて引き締まる気持ちがする。

空港前のタクシーは感じがよくなく、しかもふっかけてきたので
一度空港の外に出てタクシーをひろおうとしたら、
通りすがりのおばちゃんが、話しかけてきた。

アルマス広場に行くなら、4ソル以上出しちゃだめよ、という。

そこに、タクシーが登場。
おばちゃんは、大声で運転手に
4ソルで行きなさいよ、4ソルよ、と勝手に交渉してくれた。

グラシアス、といって手を振ると、
荷物に気をつけなさい!と、最後まで世話を焼いてくれる。
うーん。やさしいな。

私たちは街の中心であるアルマス広場でタクシーを降り、
日本人宿のペンション八幡へ向かうつもりでいた。
2009020406.jpg
…のだけど、荷物を持ってほんの50mほど歩いただけで、息が切れる。
シンドイ…。これが、これが高所なのか、と実感する。

前情報によると、八幡へは坂と階段を登っていかなくてはならないらしい。
……絶対無理だ…。

諦めて、もう1件チェックしていた宿がアルマス広場のすぐ近くにあったので、
そちらを目指すことにした。

ということでクスコでの宿は

●Hostal Suecia 1
バストイレつきダブル70ソル(約2100円)。朝食つき。
スタッフの感じもよくて、なんといってもアルマス広場から近いのがいい。
日本語の文庫本が何冊かあって、交換もしてくれた。
マチュピチュに行く間も、荷物を預かってくれる。

2階の部屋に行くため、階段を登るだけでゼイゼイ言う。
これは、本当に酸素が足りてないな、と思う。

高所に到着した日にたくさん動いてしまうと高山病がひどくなると聞いたので、
今日はなにもしないことにした。

ご飯を食べて、ちょっと散歩をしに外に出ただけ。
2009020402.jpg
カラフルな風呂敷を持っていたり、
民族衣装というのか、独特な格好をしたインディヘナの女性を見かける。

スペイン人が16世紀にクスコを攻め滅ぼしたときに
破壊しきれなかったというインカの石畳も、随所で見ることが出来る。
2009020403.jpg
スペイン人はインカの石畳の上に教会を建てたのだけど、
後から造った部分の石積みはあきらかに質が悪くて、おもしろい。
2009020404.jpg
気合の入ったインカの石積み。
2009020405.jpg
ピタっと合わさっているのはもちろん、多角形やカーブもなんのその。
根性と、遊び心を感じる。

クスコにきたら、金太郎という店で日本食を食べようと楽しみにしていたのに、
ガイドブックに掲載されている場所には無かった。

諦め切れずに探したけれど、見つからず。
歩くだけで体が重く、息切れするので諦めて適当なスナックを食べて宿に戻った。

八幡に泊まっていたら、絶対に誰かが教えてくれたろうになぁ
と妙なところが妙に悔しい。


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【2009/02/04 21:24】 | 32か国目★ペルー(09.1/31〜2/8) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
マチュピチュ村で温泉
クスコに来たのは、ここからマチュピチュへ向かうためだ。

昨日無理せず出歩かなかったのがよかったのか、それとも高山病の薬が効いているのか
目覚めの気分は悪くない。
相変わらず体は重いけど、今日一日休むほどではないようだ。

朝食で高山病に効くというコカ茶も飲んだし、
思い切ってマチュピチュ村に出発することにした。
2009020501.jpg
コカ茶はコカインの葉っぱのお茶なので、国外持ち出禁止らしい。
カフェイン豊富だそうだけど、どくだみ茶みたいな味でそんなにおいしくない。

クスコからマチュピチュ村へは、直行の列車が走っている。
だけど朝6時ごろ発のビスタドームと、7時ごろ発のバックパッカーという2本だけなのだ。

昨日はとても列車のチケットを予約しに行く元気がなかったので、
広場の近くにある観光案内所で、オリャンタイタンポを経由する行き方を聞いておいた。

どうやらオリャンタイタンボからマチュピチュ村までは1日に数本列車があり、
クスコからオリャンタイタンボまでは30分に1本ぐらい乗り合いバスが出ていているとのことだった。

それなら、ゆっくり朝ごはんを食べて午前中に出発すれば
その日のうちにマチュピチュ村に着くことができるぞ。


ゼイゼイいいながら荷物をパッキング。
下を向いたり、ちょっと力を入れたりするとすぐに頭に血がのぼりクラクラする。

9時すぎ、宿にバックパックを預かってもらい
1泊分の荷物だけを持って出発!

教えてもらったバス停にノロノロ歩きながら行ってみると
そこにはウルバンバ行きのミニバス乗り場であった。

オリャンタイタンポまで行きたいというと、ウルバンバで乗り換えればいいと教えてくれた。
どうやらクスコから1時間半のウルバンバまでは、ミニバスが頻発しているようだ。

バスは地元のひとですぐに満席になり、山道をどんどん下っていく。

今日の目的地であるマチュピチュ村は、
標高2000mと、クスコより1400mも低い。
少しは体もラクになるかなぁ。

ウルバンバのバスターミナルでバスを降りると、
オリャンタイタンポまで行くミニバスの呼び込みがきていた。

車に乗り込むと、すぐに出発。すばらしい接続である。

バスは地元の人ばかりなのだけど、
やっぱり女性の服装が気になる。

特にインディヘナのおばちゃんたちは、
みんなして長い黒髪をおさげに結って
シルクハットのような背の高い帽子をかぶっている。
というか、頭にチョコンと載せている。

そして誰もが膝丈のフリフリしたスカートとふんわりとしたカーディガンを身にまとい。
ウエストのくびれというものは存在せず、全体的にコロコロ、モコモコしているのだ。

そんな上半身に対して、足元はハイソックス。またはレッグウォーマー。
スカートから出た足はカモシカのようで、健脚ぶりが見て分かる。

頭に乗せている帽子のためなのか、
はたまたカラフルな風呂敷包みにくるんだ
大きな背荷物がそうさせるのか、姿勢はみなシャンとしている。

子供も、若者も、男性にいたっては年齢を問わずスラリとしているのに、
どうして中年のおばちゃんだけが、こうもコロコロしているんだろうか。
おばちゃんだけ、特別な何かを食べているのだろうか。
…謎である。

ともかく、ウルバンバから30分ぐらいでオリャンタイタンボへ到着。

このあたりはインカの聖なる谷と呼ばれていて、
インカ帝国の遺跡がぽつぽつと点在しているらしい。
それらを結ぶインカ時代の道も残っているのだという。

オリャンタイタンポにも遺跡があって、
村の広場から見上げる山にもそれが見られる。

のんびりした村っぽいので、ここで泊まってゆっくりマチュピチュに向かうのもいいかもしれない。
そもそもオリャンタイタンボというのは、インカの言葉で旅籠を意味するらしい。
インカ道を歩いていけば、クスコからマチュピチュまでたどり着けるようだ。

私たちは、車を降りてすぐに駅へと向かう。
マチュピチュ村に行くために、ここから観光客向けの列車に乗らなくてはならない。

チケット売り場に行くと、今日のバックパッカー(安い方の列車)はもう満席という。
しかたがないので、次のビスタドーム(高い方の列車)を購入。
ここからマチュピチュ村までたった20キロほどしかないはずなのに、ひとり53ドルもする。

クスコからオリャンタイタンボまで(88キロ)2時間の道のりを
ミニバスでひとり9ソル(270円)で来たのだから
この観光列車はどれだけ高価なんだという感じである。
2009020502.jpg
節約派なのか、線路沿いに歩いているひとも見かけた。
根性あるなぁ。
2009020503.jpg
列車はノロノロと、切り立った山の間の谷を縫って進む。
ビスタドームは天井部分にも窓があって、
雪をかぶった山々がよくみえるのだけれども
天気がよいためサンルーム状態になって、ちょっと暑かった。

飛行機の機内食のように、ドリンクとスナックのサービスあり。
こんなものはいらないからその分安くして欲しいのが本音だけど
せっかくなのでしばし列車の旅を楽しむ。

マチュピチュ村の
アグアス・カリエンテス駅に到着。
立派な駅だ。そりゃぁそうだよな、と思う。
2009020505.jpg
駅を出ると、川の向こうに街がある。
橋を渡っていて思った。

鬼怒川とか、日本の温泉街みたい!

実はアグアス・カリエンテスというのは温泉という意味で、
ここマチュピチュのふもとには温泉があるらしいのであった。

といっても、日本の温泉街のように
宿にそれぞれお湯を引いたりしているわけではなくて、
一箇所温泉があるだけみたいなんだけれども。

チェックしていた宿で部屋を見てみると、
角部屋の渓谷ビューだった。
2009020506.jpg
ますます気分は鬼怒川温泉!
ちょっと高いけど、即決。

●マチュピチュ・イン
トイレバスつきダブル110ソル(3300円)。
24番の角部屋は広いし、窓から渓谷ビューが楽しめるし
ベッドもひろくてくつろげた。
なにより隣のホテルで食べる朝食ビュッフェがよかった。

今日はもうマチュピチュには登れないので、
川の上流にある温泉に行ってみることにした。
2009020504.jpg
渓流脇にいくつか温泉プールがある。
更衣室で水着に着替えてプールに向かう。

うーん、水が汚そうだ。
なぜか、湯気が立っているプールがひとつだけあったので、迷わずそこに入って見る。

38度ぐらいかなぁ。温いけどまぁまぁいい感じ。
隣で子供がバシャバシャ遊んでいる。

雨がふってきて、冷えそうだったので退散。
その前に、側にあった水のでていない蛇口をひねってみると、
そこからお湯がでてきた!しかも40度はある適温のフレッシュな温泉水。

気がついてよかったー。
うたせ湯状態で少しあったまってからプールを後にした。

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【2009/02/05 02:40】 | 32か国目★ペルー(09.1/31〜2/8) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
すごい!マチュピチュ遺跡!!
昨日宿にチェックインするとき、朝食は隣のホテルで5時から食べられると聞いていた。
レセプションの女の子が、ビュッフェでグッドと言っていたので、ちょっと楽しみにしていたのだ。

5時から朝食というのは早いけれど、
マチュピチュへ登るバスの始発が5時半だから、それに合わせているのだろう。
私たちは、そう急ぐ必要もないし、次の7時半のバスでマチュピチュに向かう予定だ。

なので6時半ごろに隣のホテルへ行く。
おお!久しぶりに見るビュッフェラインに思わず興奮してしまった。
2009020601.jpg
たくさんのフルーツに、パンも数種類あるし、おかずももちろん食べ放題。
フルーツジュースもフレッシュだし。

日本の感覚で見てみれば大したことはないのだけど、
ひどくトキメイテいる自分を感じると同時に、
ここ最近の朝食が貧相だったことに気がつく。

それは我々が貧乏とかいう次元の話ではなく、
世界の大部分の国の人たちが、あまり朝からもりもり食べないからだろう。

そういえば、キッチンがある宿に泊まったときには
私たちは朝から白米を炊いたりしてお腹いっぱい食べていた。

しっかり朝食をとると幸せな気分になるのは
私達が日本人だからなのかなぁ。


さて、しっかりご飯を食べて、
まずマチュピチュのチケット売り場に行く。
列ができている。昨日買っておけばよかった。

ここのカウンターの女の子は、
さすが偽札が横行しているペルーだけあって
偽札も、偽学生書も見破る眼力を持っていた。

遺跡行きのバスが7時半なので、急いで乗り場に向かうと、
何台もバスが連なっており、人が集まり次第出発というような雰囲気で一安心。
2009020609.jpg
くねくねとした山道を車は登っていゆく。
マチュピチュの遺跡は、ふもとの村から400mほど登ったところにあるのだ。

切り立った山々が視界にはいってくる。

インカの人たちは、どうしてこんな山奥に住み着いたのだろう。
いや、この遺跡はプレインカの物の上に、インカ時代のものが重ねて作られているらしい。
だとするとやはり、神殿とか、宗教的に重要な場所だったのかなぁと思う。

バスはいよいよマチュピチュ遺跡の入口に到着。
ワクワクしながら中にはいる。
2009020602.jpg
おおーこれはすごい。
よくこんなにきちんと残っていたなぁと思う。
2009020606.jpg
リャマかアルパカかわからないのだけど、そのどちらからしき動物を発見。
2009020611.jpg
しばらく観察したり、話しかけてみたり。
2009020603.jpg
リャマもアルパカも、高地に住むらしく、外見が似通っているので区別がつかない。
2009020604.jpg
この方、すごく男前だった。
2009020605.jpg
段々畑がすさまじい。
天空の遺跡を探し求めてたどり着いたアメリカ人研究者は、
この険しい段々畑を登ってきたらしい。
2009020612.jpg
休憩しながら、のんびりと遺跡を堪能する。
2009020613.jpg
インカの職人技の石積みはここでも本領発揮。
2009020615.jpg
水路からは今も水が流れていた。
2009020614.jpg

時間もあるし、後ろにそびえるワイナピチュにも登ってみたいと思っていた。
所要40分から1時間ぐらいと聞いていたので、
入口で記名してトレッキングを始める。

山道はきちんと整備されているし、岩場も多いけれども歩きにくくはない。
ただ、それでなくても、ちょっとした坂道を登るだけでも息がきれるような
高所での山登りはかなりしんどく、
休み休みしながら、50分程度でワイナピチュの山頂に到着。

ワイナピチュから見下ろすマチュピチュもすごい!
2009020607.jpg
気分は不思議発見のミステリーハンターである。


頂上で1時間ぐらい休みながらボーっとして、下山。

マチュピチュ堪能できた!

今日はこれからクスコに戻りたいのだけど、
昨日の時点で安いバックパッカーは満席。
19時のビスタドームだけ、ちょっと値段が安かったのでチケットを買っておいた。

でもやはり、19時にマチュピチュを出るとクスコに着くのは夜中になってしまう。
ダメもとで駅に行くと、15時すぎに出発するビスタドームに空きがあったので
差額を払って変更してもらい、オリャンタイタンボまで戻ることにした。
2009020608.jpg
帰りのビスタドームでは、なんと一番前の特等席。
でも雨であまり景色は楽しめず。
マチュピチュにいるときにふられなくてよかった。
2009020610.jpg
しばらくすると、アルパカ製品のファッションショーがはじまった。
モデルは、さっきドリンクやスナックを運んでくれた美男美女のスタッフ。

どこで衣装を変えているのかなとおもったら、
かわいそうに、毎回トイレから出てきたよ。

昨日と逆のルートでクスコに到着したのは20時すぎだった。
マチュピチュ楽しかったなー!

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【2009/02/06 05:00】 | 32か国目★ペルー(09.1/31〜2/8) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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