はじめに
20代にできなかった世界旅行を、30歳で彼氏と一緒に!と
2008年2月29日に出発した世界一周旅行。
旅行日数のべ425日、2009年4月29日に帰国いたしました!
最終地のハワイで彼氏は旦那となり…
準備期間から旅行中のあれこれ、事後報告など右のカテゴリ別にご覧ください☆
 
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タシケントからデリーへ
昼に宿をチェックアウトし、バスでタシケント空港へと向かう。
バスはなかなかこなかったけど、
乗ってしまえば結構近くてあっという間に着いた。

電光掲示板を見てみると国際線の出発便は2時間に1本ぐらいしかないようだ。
ロビーで待っている客の姿もすくない。

3時間前にチェックインが始まったので一番乗りぐらいの勢いで
カウンターにおもむいた。

ここはまだウズベキスタン。
出国するまで油断はできない。

なんていう気構えはまたしても徒労に終わり、
関税チェックも出国審査もゆるーりゆるーりと
何事もなくスルー。

出発までの暇な時間を適当につぶし、
飛行機はほぼ予定時刻どおりに出発した。
2008081001.jpg
私たちは早めにチェックインしたからか、
エコノミーの一番先頭座席だったので快適だった。
しかも機内食の夕食も出て、これはカレーであった。
インドへ向かう気分が盛り上がる。

というか、中央アジアの食事に飽きてきていた私たちには
このカレーライスがめちゃめちゃおいしく感じたのだった。
数日前から、早くインドに行きたくてしょうがなかった。
ヒバに行けなかったせいでタシケントで足止めを食ったというのも大きいけれど。

飛行機は3時間ぐらいでデリーに到着。
空港は思ったより立派で、WIFIも飛んでいるし都会な印象を受けた。

両替をして外に出ると、むんわりじんめりとした空気がまとわりつく。
気温は30度ないんじゃないかと思うぐらいなのだけど
湿気のせいでひどく汗がでる。

相方が、以前来たときは外に出るなりすごい人だかりに囲まれたのになぁ
と、ちょっと残念そうにつぶやいた。
確かに、まだ誰にも声を掛けられていない。

ウズベキスタンからの便なので、
日本人相手に商売する人もノーマークなのかもしれない。


空港からは、タクシーやリキシャの悪い評判を聞いていたので
中心地までバスで行くことにした。
だけどなかなか来なくて、40分以上は待ったかな。

バスに乗りながら、窓から入ってくる風や虫を感じながら
湿気のある熱帯夜は気持ちいいなぁなんて
背中にびっしょり汗をかきながらのんきに思っていた。

昨日までカラッと乾燥した国にいて、
部屋の中に洗濯物を干しても数時間で乾くのは魅力だったんだけど
デリーで感じる湿気がなんとなくく日本の夏の空気を思い出させ
気持ち的にしっくりきたのかもしれない。
東南アジアに行ったときのワクワク感もそれに近い。


さて、車掌にニューデリー駅で降りたいと言っておいたらば
ここだよと降ろされ、ついでに駅と思われる方向を指してくれた。

周囲が暗いので自分たちがどこにいるのかすぐには分からない。

だから、とりあえず車掌が指差した方に歩いていったのだけど、
リキシャの運転手や通行人風のおやじに
パバールガンジはそっちじゃないよ、こっちだよ
などと言われたら、それが本当なのかウソなのかなんて正直分からない。

結果的には
善人面をしてウソをついていたおやじのおかげで
えらい遠回りをさせられてしまった。

彼はどうしてウソをついたか?
それは自分のリキシャに乗せたかったからだ。

私たちの先回りをして、何度も
まだ遠いからリキシャに乗れと言って来たのだから間違いない。

後から思うと、バスを降りたのははコンノートプレイスの端で、
そのまま車掌が指した方向に歩いていけば
安宿街である駅前のパハールガンジまで歩いて数分のところだった。

遠回りさせられたと気がついたのは
宿にチェックインして地図をじっくり見てからのことだった。

でもパハールガンジにはたどり着いたし、
最後までリキシャに乗ってやらなかったことでこちらの勝ちとしようではないか。


パハールガンジらしきところに着くと
夜道に落ちている大量のベチャベチャウンコや
道をはばむ牛たちにビクビクしながら
ズボンのスソを持ち上げながら慎重に歩く。

夜でも宿は結構やっていて、
何軒かを見てからエアコン付きの部屋にチェックイン。
でもインドはファンが着いているのでエアコンなしでも大丈夫そうだ。

とりあえず、ひどく疲れた。


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【2008/08/10 22:46】 | 14か国目★インド(08.8/10〜8/21) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ここがインドか。
日本にいるときには、
インドというのは他の国と比べて特別な感じがするものだと思っていた。
うまく言えないけど、インドに行った人の話とか
メディアとか、目や耳に入ってくるのは、
どれもある意味、神聖視されたインドである。

だけど、旅行者の間ですらかつてのインドを懐かしむ声もあるぐらいなのだから
日に日に変化している発展途上の国というのは間違いないのだろう。

これまでのところ、私の気持ちはというと
いろいろと新鮮に感じることももちろん多いけれども、
事前の期待度と比べると結構冷めてみている自分がいたりする。
でもそれは、外国人の多いエリアに泊まり、
慣れるまではお腹を壊すのが怖いので、
外国人向けの食堂でご飯を食べていると言うのも理由のひとつかもしれない。

まだデリーに着いただけ。ここは首都で都会なのだ
インドを知るのはきっとこれからだろう。

2008081101.jpg
デリーはさすがに人が多い。そしてほとんどが男性に見える。
女性はサリーを着ている人も多いから色がカラフルで目立つけど
数が圧倒的に少ない気がする。

外国で出会うインド人というのは、だいたい流暢な英語を話す。
だから、インドの人は英語をもっと日常的に使っているのかと思ったら、
メインは当然ヒンディー語で、英語は本当に補助的なものだった。
バスの表示や道路など目に付くものはやはりヒンディー語で
英語を話せない人だっているし、テレビから流れてくるのもヒンディー語だ。


それからカーストの成り立ちなどを改めて知ってから
道ゆく人や働く人や、路上で寝泊りしている人などを観察してみると
その顔立ちや肌の色がかなり異なるなることに気がつく。
カーストが民族の差別であったことを、廃止された今でも実感できてしまう。


インドの人口は中国に次いで約11億人だけど
出生率が高いのでそのうち中国を越すかもしれないという。

というか、中国人とインド人を合わせると、
世界の人口の40パーセントだ。それってすごいな。


インドで初めての食事は、マサラドゥサ。

2008081104.jpg
クレープの中にポテトが入っておりカレーソースにつけて食べる。
素朴でおいしかった。

2008081102.jpg
リキシャに15人ぐらいぎっしり子供が乗っていたのを見かけた。
スクールバスみたいなものなのかな。

2008081103.jpg
昨日のエアコン付きの部屋は高かったので、宿を変えた。
エアコンなしの部屋には、ファンが3つ着いていた。
それぐらいしないと暑いということか…。

2008081105.jpg
パハールガンジの夜。


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【2008/08/11 22:50】 | 14か国目★インド(08.8/10〜8/21) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
オールドデリー
ニューデリーから地下鉄に乗って
オールドデリーまで行く。

地下鉄に乗るときには飛行場の荷物検査のような厳重チェックがあった。
女性と男性でゲートが別れているが
男性用が長蛇の列なのにくらべ、女性用はいつもがらがら。

オールドデリーはかつてムガル帝国の城都があった場所だそうだ。
その城に行ってみた。

その名も赤い砦という意味のラールキラー。
外壁が確かに赤っぽくてきれいだ。
2008081202.jpg
でもクローズしていた。
おそらく8月15日が独立記念日なので、
その日はここで首相も参加する式典があるらしい。
そのための準備かもしれない。残念。

近くにあるジャマーマスジットに行ってみる。
2008081205.jpg
インドでは少数派のイスラム教寺院だけど、
ラールキラーと同じような赤いレンガが使われていて
なんとも統一感がある。

ミナレットに登ってみた。
2008081204.jpg
町を見下ろせ気持ちいい。
2008081206.jpg
入れなかったラールキラーの城壁がみえる。

2008081201.jpg
オールドデリーのチャイ屋。
インドのチャイは、ミルク入り紅茶にショウガを加えたものが多いようだ。
鍋で煮ているから大丈夫かなと思って結構飲んでいる。おいしい。

もっとこう、インドでは道を歩くとカレーの匂いがしたりするのかなと思っていたけれど
そうでもないようだ。屋台もそんなに頻繁にあるわけでもない。
デリーだからかな。

汚物の匂いは結構する。
簡易的な公衆トイレにはいつも男性が順番待ちをしている。
ここにも女性はいない。
男性は道端でもしゃがんだり立ったりして平気でおしっこしているし。

汚い話でごめんなさい。ついでにもう一個、
オールドデリーに行ったら、
うんちを足まで垂れ流しながら早足で歩いている男の人がいた。
がまんできなかったのかしら。

もしかして、カレーがついているのかなとも思ったけど
彼が通り過ぎた瞬間くさかったので、あれはうんちだろうな。


いま雨季なので、今日は涼しかった。


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【2008/08/12 22:55】 | 14か国目★インド(08.8/10〜8/21) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
病院で点滴そして…
早朝、相方がトイレに出たり入ったりする音で目が覚めた。
どうやら下痢になってしまったらしい。

しばらくすると吐き気まで襲ってきたようで、
上も下ものトイレ大往復になってしまった。

少し体が熱いので熱を測ってみると微熱がある。
ひどく苦しそうだ。
しかもポカリをといたような下痢が出てるという。

ガイドブックで下痢の症状例を見ていたら、
白っぽい水下痢が出たらコレラかもしれないとあるので怖くなり
夜が明け7時になったら病院に行くことに決めた。

日本との時差は3時間半なので、
こちらが早朝でも日本はすでにビジネスアワーに入っている。

先にクレジットカードに付帯している保険会社に電話し
どの病院にいけば保険が適応されるかなどを聞くと、
どこの病院でも、レシートをもらえば後から請求できるとのこと。
初診から180日間にかかる交通費や処方箋代も請求できると教えてくれた。

しかも、あらかじめファックスでパスポートのコピーを
保険会社に送ることができれば、先回りして病院に連絡してくれ
キャッシュレスで受信できるということだった。

だけど今はまだ早朝だしファックスできるところもなさそうだ。
どこの病院でもいいということで安心し、
ガイドブックで紹介されている大き目なところに行ってみることにした。

それから宿の人に事情を話して、
この病院に行きたいからタクシーを呼んで欲しいと頼むと
タクシーじゃなくてオートリキシャならすぐ電話できるけど
いま呼んじゃっていいの?
というのでお願いした。

熱がかなり上がってフラフラになった相方をつれて
レセプションに戻ると、彼はまだオートリキシャを呼んではいなかった。
医者なら呼べるけどここに呼んだら?と言うのだが
医者に行くことをすでに決めていたので断った。

すると、このすぐそばにとてもいい病院があるよ、15分ぐらいで近いよ、
と熱心に進めてきたので、私は彼も辛そうだし近い方がよいかなと思い
勝手にそっちに行くことにしてしまった。
ここでウダウダ話をするより、早く病院に連れていきたいという気持ちもあった。

宿のスタッフが人力のリキシャを捕まえてくれ
それで病院に向かう。

道が悪いためリキシャの細いタイヤでは揺れが激しい。
そのたびに、相方がうめき声を上げるのが痛々しい。
早くも失敗してしまったかなと思う。

着いたところは町医者というわけではなく、
大きいめの総合病院に見えた。
なにより、見るからに苦しそうな地元の人が
あふれんばかりにそこらへんに座ったり寝たりしているのが目に付いた。

エマージェンシーで
ドクターらしき人と英語で症状を問答すると
メモ帳みたいな紙にペラリといくつかの症状と薬の名前を書いて
渡してきた。これがカルテらしい。

3つの薬はこの病院で渡せるけど、
1つはマーケットの薬局にいって買ってくる必要がある。
あなたが買ってきて、彼はそこで休ませなさい。

と言うのだけれど、ベッドはどこも満員で、休めるところがない。
相方は空いていた小さな金属製のベンチで体を横にしながら
興奮気味にいろいろ訴えてくる。

私もこのとき、ちゃんとした病院に連れて行ったほうが良かったなと
すごく彼に悪い気がしていたのだけど、
腹痛の処理には慣れているであろうインド人の先生が、
まずはこの薬を試してから、と言うので
先に処置してもらった方がいいと思い相方を置いてリキシャで薬屋に向かった。

薬局でメモを見せてお金と引き換えに何かを買って、病院に戻る。
それは注射の中身のようだった。

病院に戻ると、ああ買ってきたねという感じで
チャッとその注射を打つ。
相方の具合は病院に着いてからも悪化していたので
いろいろお願いすると中のベッドを開けてくれ、
そこで点滴の準備をはじめた。

2種類の液体を5パックほど体に投入されたころには
彼もいくぶん眠ることができ、
その間に私は熱さましの薬と、ORS呼ばれる粉をもらい
ORSを水に溶いて相方に飲ませたり
様子を見に来たドクターの話をきいたりしていた。

気がつくと病院に来てから2時間以上がたっており、
朝の苦しそうな様子とはうって変わってスッキリとした様相の相方が
もう帰れるよとドクターに言われてベッドから降りようとすると、
どこにもサンダルがない!

めぼしいところをさがしたけれども見つからず。
隣のベッドにいたおじさんにサンダルがなくなっちゃったと言うと
「This is INDIA」
と肩をすくめながら答えた。
そうか。ここはインドだ。

最後にドクターと問診して、薬の処方箋を書いてもらい
飲み方などを教えてもらう。
コレラじゃないのかと確認すると、
似てるけど違うと言うので信じることにした。

で、お金はいま払うのかと聞くと
なんと、お金は要らないのだと言う!
あなたが良くなればそれでいい、大丈夫、というようなことを
少し照れたような表情でドクターが言った。

それを知った瞬間、なんだかものすごく感動してしまった。
そういう施設がインドにあるということに。
どうりで、先生たちはみんな白衣も着ないし
ジーンズとかラフな格好だなぁと思っていたのだ。

そして同時に、しまった。とも思った。

私たちはお金を払える外国人だ。
私たちが来なければ、彼が寝ていたベッドで
ひとり処置してもらえたかもしれない。

ドクターは皆、とても忙しそうだったのだ。
ここに来るべきではなかったかもしれない、と
なんだかすまない気持ちががした。

誰のか知らないけれど、代わりのサンダルまでくれたのだった。

感謝しつつ宿にもどると、彼はひたすら眠った。

私は処方箋に書かれた薬を買ってきたり、
2008081301.jpg
ネットで情報を調べたりした。

それによると、どうやら今回病院でももらった
ORS経口補水塩 (Oral Rehydration Salt)を
摂取するのが下痢には一番有効なようだ。

日本で風邪を引くとスポーツドリンクを飲んだりするけれど
そんなような感じで体に必要な水分と電解質を即効で補給してくれるらしい。

相方はあまりおいしくないと言って飲みたがらなかったのだけど、
ネットで確認してきたことを私から聞くと、がんばって飲んでいた。
2008081303.jpg
粉末状のORS。レモン味とオレンジ味。

このORSは、私もその後お世話になることに…。


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【2008/08/13 18:27】 | 14か国目★インド(08.8/10〜8/21) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
インドの強力下痢止めで相方復活?
実は、昨日の夜行でリシュケシュへ行く予定で
バスチケットを買っていたのだけれど、
相方が病院行きになってしまったので
宿を延泊し、とりあえずチケットも1日遅らせた。

朝になってみると、熱も下がり
下痢は収まったという。

病院で処方箋を書いてもらった下痢止めを購入し
飲んでからというもの、下痢はおろか便意自体がないらしい。
もちろん、何も食べていないというのもあるだろうけれども。

もう1泊しようかと思ったのだけど、
大丈夫、行ける、というので
今日の夜行バスで予定通りリシュケシュへ向かうことにした。

リシュケシュで、1週間ぐらいヨガをしながら
ベジタリアンの食事をして静かに過ごすことは
インドに来た目的の最たるものであり
また今回の旅行自体のひとつのハイライトでもあった。

デリーであと1日休むより、リシュケシュに行ってゆっくりしたい。
その気持ちは私も同じだった。


その前にデリーでやりのこしたこと…
クトゥブ・ミナールを見に行った。

ニューデリー駅からオートリキシャで30~40分ぐらいのところにそれはある。
世界で一番高いといわれるミナレットだ。
2008081401.jpg
確かに、ミナレットにしては不必要なくらいに高い。
ここのモスクがインドで一番古いモスクなのだそうだ。
2008081404.jpg
そばにある石造りの建物は、
よく見ると柱のデザインがひとつひとつ異なっていた。
2008081403.jpg
近くにあった廟のレリーフが繊細だった。

今日は雨が降ったりやんだり。

ざっと見学して、
またマックで一休みしてから宿の周辺に戻る。

指定されたバスの集合時間は20時だったけれども、
21時になって、ようやく迎えがきた。

外は雨だ。
パハールガンジの出口まで歩いていき、
どうやらそこでバスを待つようだ。

激しい雨が降っている。クラクションがうるさい。
我々をここまで案内してきた男の人は、
雨にぬれながら目的のバスが通るのを待っている。
怒るのも気の毒な感じがする。

私たちは軒先で雨宿りしながら
待つこと2時間。

ようやくバスがきた。
雨のせいなのか、明日が独立記念日だからかわからないけれど
ひどい渋滞のせいで遅れているらしい。

ともあれ、バスには乗れた。
疲れたけれども、それだけが救いである。

相方は、またお腹がいたくなってきたようだ。
バスの中は少し寒い。
でも早朝にはリシュケシュに着くはず。
それまでの辛抱だ、がんばろう。
私はすぐに眠りについた。


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【2008/08/14 19:30】 | 14か国目★インド(08.8/10〜8/21) | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
目覚めるとリシュケシュ!ではなく…
昨夜23時前に乗り込んだリシュケシュ行きのバスは
雨のためか、独立記念日前日のためなのか
ノロノロ運転を続け、私はいつの間にかウトウトしていた。

フと気がつくと、バスは動いていなかった。
まだ外は暗く、真夜中だ。

トイレ休憩などではなく
どうやら、ガス切れらしい。

バスは静かに止まっている。

ずっと起きていた相方によると、
どうやら2回ほど、どこかからガソリンが調達されて、
エンジンをかけてみたけれどもかからないなぁ
といった雰囲気のようだ。

しばらくして、乗客が皆かばんをもって外に出始めた
時間は朝の5時ごろ。

このバスをあきらめ、どこかに行くいくようである。
こんななにもない場所からいったいどこへ?
第一、ここはどこなんだ?

運転手やスタッフが、リキシャやタクシーを捕まえようとしている。
どうやら、乗客たちはバス会社の負担で
リキシャによりどこかに搬送されることになるらしい。

うなだれるスタッフ。

捕まえたリキシャになにやら交渉して、
乗客たちはこの場から立ち去っていく。

そして私達も呼ばれた。

リキシャでリシュケシュに行くのか?と聞くと
いやいや、デリーに戻るんだよ、と言う。

どうやらここはまだ、デリーから15キロぐらいしか離れていない場所らしい。

最悪だ。
でもまぁ、しょうがないのでリキシャに乗りこむ。

リキシャの中で、乗り合わせた地元のおじさんに
チケットは払い戻しできるから大丈夫だよ、と励まされた。

全額は無理かもしれないけど、
確かに払い戻しを要求してみる価値はあるかもしれない。

ということで、40分ぐらいで宿に戻る。
近すぎる!!これだけしか走っていなかったのかと愕然とする。

フロントでは、さほど意外そうではなさそうに、
宿に併設された旅行会社のスタッフが来るまで
ここで待ってていいよ、たぶん払い戻しできるよ、と迎え入れてくれた。
7時ごろ。

旅行会社のスタッフが来たのが9時。
それまで、フロントのソファーでウトウトする。

全額は無理だったけれども
それなりに言い合いをして、それなりに戻ってきたのでまぁ良しとする。
もう面倒くさい。

ふぅ。
なんだか、デリーに呼び戻された気分だ。
でも、もうデリーにはいたくない。
相方のお腹の調子が心配ではあるけれど、
早くデリーを離れてのんびりしたいと彼も言う。

一昨日は相方の具合が悪くなりチケットをキャンセルし、昨日はバストラブル。
なんだかリシュケシュへは、もう行かない方がいいような気がした。
私たちは、リシュケシュに呼ばれていないのかもしれない。

そうして、「リシュケシュでヨガ修行!」という旅のハイライトを
こんなにあっさり捨てていいのだろうかとふと思い返してしまうほど
私たちは未練なくリシュケシュ行きを諦めた。


とりあえず、今日の目的地をアーグラーに変更する。
デリーから日帰りで行ったり出来るアーグラーなら、
きっと簡単に行けるだろう。
できればもう、旅行会社のお世話にはなりたくはない。

そう思いさっそく、ニューデリー駅に向かった。
だけど、2階にある外国人用窓口はチケット予約しかできず当日券が買えなかった。

またお腹が痛くなってきた相方を残して、ひとり
インド人であふれかえったニューデリー駅の当日券窓口から
該当する窓口を探し、アーグラーまでのチケットを買おうとしたけれど
結局席がなくて購入できず。
同じぐらい人が多くても、中国の列車駅の方が
分かりやすくてよっぽど楽だ、と懐かしく思い返したりする。

いろいろトラブルが重なって疲労困憊の上、チケットも買えない。
気がつけば朝から何も食べていない。
ひとまず休もうと、リキシャーでマックに乗り付ける。
朝10時。

マックでセットを頼んだものの、ちっとも食欲がわかない。
それどころか、なんだか熱っぽくだるくなってきたようだ。
なんだかつらい。お腹もちょっといたい。


このブログには書かなかったけれど、
私は1週間前に、タシケントで38度の熱が出てしまい
2日間ホテルにこもりひどい水下痢に苦しめられていた。
インドに入る直前に直ったのだけど、
その悪夢が再来かと思うと恐ろしいしうんざりする。

一昨日、病院で点滴してお腹の調子が万全ではない相方と
高熱が出そうな予感がただよう私。最悪だ。

これはもう、デリーで1泊するのが無難なんだけど
ふたりともこの時には、これ以上もうデリーにいたくないと本気で思っていた。

だから、力をふりしぼって、デリーの東にある
アーグラー行きのバスが発着するというターミナルへと向かった。
バスは30分おきに来ているというし、乗ってしまえば5時間で着く。
お昼までにバスに乗って、夕方アーグラーに着いたら
ちょっといいホテルに直行して2日ぐらいゆっくり静養しよう。
そうもくろんでいた。

しかし、そう甘くはなかった。

ようやくターミナルに着いたものの、バスがどこから出るのかさっぱりわからない。
なんとかそれらしきところにたどり着いたものの、
登場したアーグラー行きのバスは
こんなんであった。

す、すごすぎる!
みんな我先にとバスに群がり、席を取ろうと必死に中にはいる。
窓から滑り込んで中に入っている人もいる。
屋根に乗っている人もいるよ。

こ、これは今の私にはとても無理…。

でも不思議と、この光景を見たら
なぜか、すこしばかり体がラクになった気がした。
元気をもらったというか、勇気付けられたというか…。

こうなったら仕方ない。
あきらめて、デリーでもう1泊することにし
パハールガンジに戻ったのだった。

適当な宿にチェックインし、再度ニューデリー駅に赴く。
明日のアーグラー行きのチケットを買うためだ。

でも、あと1枚というところでソールドアウト。
無念である。

高くても、ツーリスト用のバスをどこかの旅行会社で買うしかない。
あの満員御礼バスには、きっと明日の体調では乗れないだろう。

駅で、私はひどい寒気に襲われたので
たまらず宿に戻り、相方にチケットの購入を託した。

昨日は雨にも濡れたまま隙間風の吹くバスで眠った。
今日はし誇りっぽいところを歩き回ったし体は汗でベタベタだ。
シャワーを浴びたいけれどもそれどころではなく、ベッドに横になる。

しばらくして、相方が明朝発のバスチケットをゲットして戻ってきた。
体温計を出してもらって熱を測ると、40度を超えている。
どうりでつらいわけだ。

バファリンと、この間、相方用に買ったORSを水に溶かしたものを飲んで
とにかく眠ることにする。午後3時。

明日朝の出発時刻まで15時間ほどある。
それまでに熱が下がったらアーグラーに行こう。
頼むよ本当に…。


独立記念日の今日、窓の外では皆が屋上で凧揚げをしていた。


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【2008/08/15 19:05】 | 14か国目★インド(08.8/10〜8/21) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
外国人が激怒するアーグラーへのツーリストバス
昨晩は、目が覚めるごとにびっしょりと寝汗をかいた服を着替え
バファリンとORSを摂取しひたすら眠った。

朝6時にセットしていた目覚ましの音で目が覚めると
だいぶ気分がスッキリしている。
熱を測ってみると、36度台になっていた。

このORSはすごいと思う。
これがなかったら、40度の熱がこんなにすぐには下がらなかったような気もする。

よし、アーグラーに行こう。
私たちは用意して出発した。

バスは相方がチケットを買ったニューデリー駅前の旅行会社に到着するらしい。
このあたりの旅行会社は、ガイドブックに
「トラブルが多いので要注意」と書いてあったのだけど、
それを知りつつ、早くアーグラーに行きたい一心でチケットを買ってしまった。
今思えば、やはりそれが失敗だった。

私たちは6時半にバスに乗ったものの、
2時間ほど客を乗せるためにニューデリー周辺から動かない。

しかも、私たちのチケットはノーエアコンだったらしく、そのため
このバスはエアコンだから席を替われと言う。嫌な雰囲気だ。

エアコンなんていらないのに!と思いながら最前席に移動させられる。

すると、口論をしている白人女性がいた。
彼女もどこかの旅行会社を通してチケットを買ったものの
エアコンなしのチケットなので席がないと言われているらしかった。

お金を返せと言っているのに、バスのスタッフは返す様子がない。
結局、彼女は席を確保したようだった。

しばらくして、座席は満席に近くなってきた。
すると、またさっきの女の子が何かもめている。
彼女の辛抱強い抗議の甲斐があって
ようやくバスは止まり、いくらかお金を返してもらいバスを降りていった。

どうしたんだろう、と思う。
どうせ旅行会社に戻っても彼らが払い戻しするとは思えなかったし
日にちを変えてもきっと同じバスに乗ることになるのだろう。
列車で行こうとしても今日はもうアーグラー行きは満席のはずだ。
明日の列車もおそらくもう満席かもしれない。
乗っていれば、とりあえずはアーグラーに着くのに。
と、そのときは思っていた。

次にバスが止まったとき、インド人のグループが乗り込んできた。
すると、バスのスタッフは、私たちに
ノーエアコンの席はないから前に移動しろという。

前と言うのは、運転席の脇の空きスペースのことだ。
もし席に座りたかったら、エアコン分の差額を払えと言う。
その差額というのが、結構高い。

さっきの女の子はこれでもめていたのか、と納得する。
本当に、あこぎな商売である。

普段だったらさっきの子みたいに抗議してバスを降りるか
意地でも差額を払いたくないから移動するかのどちらかだと思うけれども、
今日は体調が悪い。
ムカつくけれどもお金を払った。

もういい。どうでもいいから、無事アーグラーに着いてさえくれればいい。

そのスタッフは、今度は別の外国人に同じようなことを言いにいった。

どうやらあのあたりの旅行会社は本当に無責任な会社が多いようだ。
私たちのチケットはノーエアコンだといっても、
バス料金としてそれなりの額を払っている。

旅行会社が中抜きしているのでバス会社にとっては足りないのか
それとも悪質な集団詐欺なのかわからないけどとにかく腹が立つ。

私たちを含めて外国人が席をどかなかったので
あとから来たインド人が運転席のそばに陣取ることになった。
もしかしたら、案外こんなのはインドでは普通のシステムなのかもしれない。
もうよくわからない。

そんなこんなで、とりあえずバスは走り出した。
アーグラーまで200キロほど。たいした距離じゃない。
最初、何時に着くのかきいたら12時と言っていた。

ちょうど12時ごろ、バスが止まった。

着いたか!と思いきや、
ここは寺にお祈りするだけという。
なんだかおかしい。

さっき、ガイドっぽい老人がバスに乗り込んできて
ヒンズー語で何か熱弁を振るっていたし。

そんな悪い予感は的中し、このバスはどうやらデリーからアーグラーまでの
一日ツアーバスだったようだ。
そんなことはもちろん知らない。
私たちは、ただアーグラーまでのバスチケットを買ったつもりだったのだ。

どうりで、軽装なインド人乗客が多かったわけだ。
彼らはいったいいくらでこのバスにのっているのだろうか。気になる。

団体で名の知れぬヒンドゥー寺院を見学し、バスに戻る。
2008081601.jpg
次がアーグラーのようだ。早く行ってほしいのいに。

アーグラーフォートの前でバスを降りる。
2008081805.jpg
このまま乗っていれば、バスは夜にはデリーに戻るのだ。
その分の料金を、私たちは払ってしまっていることになる。
ここまでくると、なんだか笑えてくる。

でもまぁ、とにかく来れたのだからよしとしよう。

オートリキシャでタージマハルの近くに移動し
宿にチェックインする。
2008081602.jpg
この宿は、屋上のレストランからタージマハルが見渡せるのがよい。
夜まで部屋で休んで、夕食はそこで食べた。

そういえば今日も、バスの休憩所でサンドイッチを少しお腹に入れただけで
ろくな食事をしていなかった。

意外にも、このレストランで食べたチャーハンとベジタブルカレーがおいしくて
なんだかうれしい気持ちになる。
相方も私も、久しぶりに食欲が戻ってきた。

明日はゆっくり休んで、体調を万全にしたい。


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【2008/08/16 12:53】 | 14か国目★インド(08.8/10〜8/21) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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